リバース・エンド
第一章 罪は消えない 2
俺は小さく、唇に弧を描く。決まっている。答えなんて、決まっている。なぜなら二択の質問に見せかけ、答えは一つしかないのだから。
「選ぶがいい、とか言うが。生憎と答えは一つしかないじゃないか。」
『…………』
「俺は戻らない。この世界の末を見つめてやろう。」
決まっている。あの子が唯一残してくれたこの世界を見守るのは残された俺の役目だ。何よりも、ここで過去に戻れたとしても、それは同時に死んだ幼子を侮辱することになり、あの子の親友でいられなくなることだ。俺はそれが、何よりも辛い。
「ルークが残した世界を見捨てるなどできない。何よりルーク自身、俺たちが押し付けた罪から逃げず、償うことに命をかけた。それこそ、文字通りにな。だから、俺は俺の罪から逃げてはいけない。」
過去に戻れたらどれだけいいだろう。だがそれは、あくまでも夢物語でしかあってはならない。
「俺はこの世界の行方を見続ける。それだけが、俺があの子にできる最後のことだ。あの子の行ったことを、見守るという意味で。」
最も、それしかできないのだ。あの子はあんなに必死になって、罪を償おうとしたというのに。自分には、こんなことくらいしか…
『…そうか。なら、この世の最期を見届けてもらおう。』
その呟きを聞いた瞬間だった。フラッシュバックするかのごとく、頭の中で映像が駆け巡る。横たわる自分は静かに息を引き取り、それが引き金になったのではないかと思えるほどの、急激に拡がる病。苦しむ人々。赤い髪の王の苦悩の表情。そして…
「…これは…?」
『お前だけだ。我が望む答えを与えてくれたのは。』
嬉しそうな、でもどことなく悲しみも含まれた声。ローレライは言葉を続ける。
『聖なる焔の光が愛した者たちに、同じ問いを問いかけた。だが、お前以外の者達の選択はみな、同じであった。』
「戻ると言ったのか。アッシュも…旦那までもが…」
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃に、呆然とする。それはすなわち、あの子が残したこの世界を見捨てるに同義する。己の罪から目を背け。どろりと、苦い何かが胸の中から溢れ出す。
「…愚かだ。例え過去に戻れたとしても、罪は消えない。過去のルークを救えたとしても、俺たちの知っていたルークを見捨て、見殺しにしたことは消えない事実だ。」
『…それでも、お前がいてくれたからこそ、私も救われた。あの子も、同じ気持ちであろう。』
そう憎んでやるな。ローレライが慰める。まさか、自分が神に等しいこの意識集合体に慰められるなど、思いもしなかった。
『あの子は、きっと全てを許すのだ。そういう子だ。だから、憎んでやるな。』
「だが、それはルークへの裏切りじゃないかッ!!」
『我とてそう思う。だが、あの子は望まない。悲しむだけだ。仲間が仲間を憎んでいるという事実に、心を痛める。』
憎しみという感情を、誰よりも理不尽に浴びせられ続け、だからこそなのか。そういう感情から最も遠い所に住んだ、悲しいほど美しく、可哀想な子だと。ローレライがいう。
『我を神と等しき存在と、人々はいうが。皮肉なことだ。あの子こそ、人が思い描く神という存在に一番近い場所にいるのかもしれない。負の感情を抱くことを悲しみ、他者へは慈愛のみを与え続けたルークと我は、同位体というにはあまりにも似てなさ過ぎる。』
ある意味、本当の似た物同士は自分達なのかもしれないと、神に等しき光は語る。ルークを愛し、そのために世界を憎む自分とローレライ。
『ルークは死んだ。それは覆されない事実だ。この惑星に犠牲にされた。我も必死になれば、あの子の音素をかき集め、生き返らせることも、過去に飛ばすこともできるかもしれない。だが、それではあまりにも報われない。きっと生き返れても、あの子は人を殺した罪を、何時までも背負い続けるであろう。』
それはあまりにも悲しすぎる。そうローレライは呟き、自分も頷いた。結局、ルークを望むのはエゴなのだ。自分達が彼を殺したという現実から目を背け、罪から逃れたいという思いも、少なからずあるだろう。確かに彼には会いたいが、それが果たして本当に彼の幸せなのか。彼はようやく苦しみから解き放たれたのだ、このままにしてやるのがいいのではないか。
同時に、彼の死に際の言葉を思い出す。生きたいと。痛切に叫んだあの子の声が。
「なぁ、考えれば考えるほどわからない。何が本当に最善なのか、見えない。」
自分達があの子に求めたのは、こんなにも先が見えずに恐ろしいものだったなんて。償いの方法など、わからない。それを漠然と突き進んだあの子は、本当に強かったのだ。今になって、思い知る。
『こればかりは、誰にもわからぬ。だから、我は我の思い描く最善の策を起すまでだと思ったのだ。過去という別世界で、彼を含め、全てを救おうと。だがそれは、決して逃げではない。彼を殺した事実からは逃れられない。』
一種のパラレルでしかないのだと、悲しげに言う。
『もうこの世界は終焉を迎える。だから、我は救いたいのだ。同じ末路を辿りそうな、もう一つの世界を。』
平行世界を助けてくれ。神は俺にそう言った。世界の終焉を見届けたと同時に、俺はその世界から排除されたのだった。