リバース・エンド
第一章 罪は消えない 3
ND2002 イフリートデーカン 41(ローレライ)
それは、一人の少年の運命を大きく狂わせた日であり、世界が大きく動いた日。少年が目を覚ますと、そこは惨劇の後であった。
それを見た少年は、泣くでもなく、震えるでもなく――冷めた眼差しで、その景色を見つめた。積み重なる屍。己に覆いかぶさる金髪の女。
「姉上…」
少年は己の姉であった亡骸を、そっと優しく撫でる。ああ、なんてことだろう。この世界は狂ってる。変えなくては、そのために自分はここにいる。感傷に浸るのは後からでもできる。
「ガイラルディア様ッ!!」
一人の初老の男が、少年に駆けつける。ガイラルディアと呼ばれた少年は、ハッと、頭を上げ、男を見た。
「ペール…」
「話は後で。今はこの場を離れましょう。さぁ、私の背にお乗りください。」
言われたとおり、背にしがみ付き、おぶられる。そして状況を整理する。
自分は戻ってきた。否、ローレライいわく、とてもよく似た平行世界に飛ばされたのだ。屋敷を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。このときに飛ばされるというのは、ある意味ついていたかもしれない。恨むべき相手を、間違わずにすんだのだから。
恨むのは、ファブレでも現マルクト皇帝でもない。全ては、預言がいけないのだ。そう、誰も悪くない。悪いのは、預言。
幼子の、泣き声と叫びが脳裏に響く。――俺は悪くないッ!!――同時に、胸が締め付けられた。ああ、そうだよルーク。お前は何も悪くない。悪いのはヴァンであり、そして彼もまた預言に狂わされた憐れな被害者なのだ。今ならわかる。
思えば、あの時が最初にルークを殺した時だった。彼は自分のよう、護ってくれる人がいなかった。孤立した状態になった、寂しい子供の心を殺した自分の罪は、決して許されない。今でも思い出せる。可哀想な子供の弱々しい笑みを。
髪を切った彼。変わると言った彼の変化は、今でこそ悲しいものだったのだと理解できる。大人しくなった、思いやりを持つようになった。最初はそう思っていたが、本当は違う。自分を押し殺していた彼が、心から笑えるはずもなく。ただ、大丈夫だと己に言い掛けるよう、儚い笑みを作り続けていた。たしかにルークは無知だった。俺が何も教えなかったから。それでも、人として最も大切なものを知っていた。命の大切さを知っていた。そして…
気がつけば、涙が溢れていた。自分を命をかけてまで護ってくれた姉。兄代わりであった自分は、あの子を護るどころか、殺し、自分だけが生き残ったのだ。姉上。こんな愚弟でごめんなさい。そう心の中で謝る。ペールの背中に顔を埋めて、嗚咽を殺さずに泣く。
「…お泣きなさい、ガイラルディア様。今だけでも、存分に…」
ペールが優しく慰める。この男は何も知らないのだ。自分が、この世界のガイラルディアではないことを。己の罪を。それでも、まるで許されてるかのように錯覚してしまう。
独りで泣き続けた、長い髪の少年の姿が脳裏から離れない。それも自分のしでかした罪なのだ。今から自分は、償いをしなくてはいけない。
憎むのは、預言と自分だけで充分だ。