リバース・エンド
第一章 罪は消えない 4
俺ができることとは、一体なんであろうか。
あれから三年が経った。あっという間だった。人は歳を取ると一年が短くなるらしい。身体は八歳だとしても、精神はもう四十間近な自分だ。三年なんて本当に短かった。
それだけではない。自分にとってそれほど必死であった三年だったのだ。俺は預言を外すために、どうすればいいかを考えた。今までと違ったことをするのは簡単だ。ヴァンを探し出し説得させることも考えた。だがもしも何かの手違いでルークが産まれなくなったら困るのだ。俺はこの時間のルークを幸せにするため、この世界に飛ばされたのだから。
だから、できうる限り時間にずれがないよう、同時に今のうちにできることはしておいた。まずは、マルクトの貴族としての教養を身につけ、同時に使用人としての礼儀を身につけることにした。幸い、そのあたりはペールがよく心得ていた。
「ガイラルディア様。貴族としての教養はともかく、なぜ使用人の礼儀まで…」
「ペール。俺はファブレ家に潜入しようと考えている。」
そういえば、ペールは目を見開いて驚いた。俺は笑みを取り繕い、言葉を紡ぐ。
「勘違いするな。別に復讐しようなどとは思ってはいない。」
「ですがガイラルディア様。ファブレはガルディオス家を滅ぼしたのですぞ。貴方様のご両親に姉上様を…」
「だがそれは、誰が悪いのだ。このことは、預言にも詠まれていた。だからこそ、俺は見極めたいのだ。ファブレが本当に悪いのか。それから復讐について考えても遅くはない。」
十にも満たない子供の言葉としては、大層可愛らしくもないものだ。だがその言葉に、ペールは異論を答えなかった。それから、貴族に仕えるものとしての心得を学んだ。
正直、ガルディオス家についてはどうでもよかった。このまま血筋を途絶えたことにしたって。しかし、もしものときのことを考えて、貴族の教養を身につけておくのも悪くはない。正直、以前の世界での自分はどうあがいても貴族としてはあまりにもあれであったとは自覚しているから。
人間、幼いうちに身につけておくというのは大切なのだ。長髪時代の横暴なルークだって、今思い返せばやはり生まれながらの貴族だったのだ。レプリカであったとしても、貴族として育てられた事実は変わらない。粗雑に見せて、ふとした瞬間に王族の血を引く子息としての振る舞いが現れていた。例えば、スプーンの上げ下げ一つにしたって、彼は優雅であった。意外なようだが、意外でもなんでもない。食事の瞬間とは、一番育ちが出やすい部分である。そのため自分はいたく苦労した。今のうち、矯正しておく必要があると思った。
そしてもう一つ。最悪、ルークの居場所をもう一つ作っておいてやりたかった。そのために、金と権力はあるに越したことはない。悲しいことに、お金が幸せの全てではないが、ないよりあるほうがいい。何よりも、貴族として育つルークに不自由な思いをさせたくはないのだ。
つまり、ガイラルディア家の復興も頭の中にいれている。だがこれは重要事項ではない。やるべきことをやってからでも遅くはない。
問題は使用人としての教養のほうであった。自分は使用人としての立場を理解しているつもりでしていなかったことが大変よくわかった。過去の自分を殴ってやりたい。
まず自分にとって何が重要かを整理する。最重要事項はルークを救い、幸せにすることだ。世界なんてその次でいい。では、ルークを幸せにするためにどうすればいいか。まず、彼からの信頼を勝ち得る必要がある。以前も充分慕ってくれてはいたが、それではいけないのだ。ヴァン以上に信頼を勝ち得なくては。
彼をあそこまで、ヴァンに精神依存させたのは自分なのだ。だから、今度こそそれだけはさせてはいけない。大丈夫だ。過去と違い、今の自分はルークに愛はあれこそ恨みは抱いていない。純粋に愛してやれる。慈しんでやれる。
だがそれだけでいいわけではない。彼を育てると決めたなら、自分も従者として相応しい振る舞いを身につけねばいけない。過去の自分は奔放すぎた、色々な意味で。そんな自分を許した公爵は、寛大な方だった。本当は悪い人ではない。公爵の葛藤を知っている今だからこそ、許しはできないが復讐だの報復だのを考えることはなくなった。むしろ、公爵らの信頼も勝ち得ること、預言などという莫迦らしいものから彼を解き放つことがルークの幸せに繋がるのではないか。ルークは親の愛に飢えていて、公爵だって子を想う父親だったのだ。だから、公爵が預言から完全に自立さえすれば、ルークは自然と両親からの愛情を与えられるのだ。
以前の世界で、どれだけ自分達が愛していると言っても彼は決して信じなかっただろう。そうさせてしまったのは、やはり自分。だからこそ、今度は惜しみなく愛情を与え、信じさせなくてはいけない。そうでなければ、いけないのだ。
そしてその日はやってきた。
「旦那様、この者が新しく雇った庭師と使用人見習いでございます。」
「ペールと申します。」
「ガイと申します。」
ひれ伏す自分を見つめる公爵。その隣に立つ、紅い髪の少年。かつての主人。だが一度としてこの主人に忠誠を誓ったことはなかった。
「ガイ。この子が我が息子、ルークだ。」
もう一人のルーク。俺にとってのアッシュは、少しばかり頬を高揚させ、俺を見つめていた。今思い起こせば、この子供も預言に振り回された可哀想な子供なのだ。
「初めまして、ルーク様。ガイ・セシルと申します。」
それでもやはり、自分はこの子供に忠誠を誓えそうにないと思う。大人びたこの子供と、無邪気に笑うあの子はやはり別人なのだ。俺は笑顔をアッシュにむけた。