リバース・エンド
第一章 罪は消えない 5
ファブレ家に使用人として雇われ、半年が過ぎた。名目上ではアッシュの使用人、遊び相手で、将来的には護衛剣士というところだろう。だがアッシュにとって、それは本当に必要な存在ではないようだ。
使用人の心得やら作法やらを学びながらも、大半は剣術に明け暮れる日々が続いていた。執事のラムダスいわく、8歳にしては充分すぎるほど使用人としての礼儀ができあがっているとのことだ。ならば、護衛としての剣術を学ばせたほうがよいであろうとのことである。
アッシュは聡明な子だった。遊び相手と紹介されたとはいえ、彼が自分を呼び出すことはほとんどない。たまに呼び出したかと言えば、家庭教師に教わった勉強についての意見だったりと、ある意味彼らしく、同時に子供らしくないことであった。
「剣術は、楽しいか?」
何の前触れもなく、アッシュは尋ねてきた。俺が彼のお茶の準備をしていた時であった。俺は手に持っていたポットをテーブルに置き、言葉を紡ぐ。それは純粋な好奇心だろう。
「そうですね。楽しいか、と問われれば否定も肯定もできません。ですが、大切な者を護るためには力は必要であると、私は考えます。それが、どのような形であれ。」
「大切な者か。ガイ、お前にもそのようなものがあるのか。」
どこまでも純粋な眼差しで、アッシュが再び尋ねる。その言葉に、苦い笑みを浮かべ、俺はさらに答えた。
「ありました、というべきでしょう。失ってから大切な者や大切なことに気がつく。だからこそ、今度こそ護れるように私は力をつけたい。そのように考えております。」
「…だからお前はいつだって必死なのだな。時々お前、暗い眼差しをしている。」
アッシュは思ったことを口にしているだけなのだろう。だが的を得てるその言葉に、苦笑いは苦虫を噛み潰すような表情になっただろう。自分でも、わかる。子供は意外に他者をよく見ているものだ。
「ですが、大きすぎる力は時として大切な者を傷つけるときもあります。そしてそれは、無知が引き起こすことも多い。」
「力が大切な者を傷つける…?」
「ええ。ルーク様。人の上に立つ者として、決して忘れてはいけないことは教科書に詰め込まれてることなどではなく、己意外の他者を思いやることであると思います。それがあってこそ生かされる知識は多く、教科書などに書かれたこともそのうちの一つです。」
言葉を理解はしなくても、この子供は記憶として止めるであろう。そして、これはこいつにとって必要であり、同時にこれから生まれてくるであろうルークのためにも必要なことであろう。
「ルーク様、私からの身勝手で個人的な願いです。他者を、命を思いやることを忘れないでください。」
この言葉がどれだけアッシュに響くかはわからない。それでも、言わないでいられない。もしも、また、アッシュがルークを侮辱し、認めないというのであるならば、俺はこいつを斬ることだってできる。ルークはそれを良しとはしなくても、自分は決めたのだ。ルークを護るために、自分は力をつけると。
本当に大切な者を護るためなら、犠牲など問わない。