リバース・エンド
第一章 罪は消えない 6
運命は、ゆっくりと確実に廻っている。今のところ、俺の過去の記憶と今の現状に大きな違いは見られない。あえていうのであるならば、アッシュの俺を見る目が変わったということくら。それは、どこか異質な存在を見る眼差しだ。まぁ、あながち間違ってはいない。
以前のアッシュは俺の存在を使用人程度にしか認識していなかった。俺のことに構うより、国や将来について考える子供だった。今だって、あまり変わりはしないが、ただ俺への認識が以前と違うようだ。
アッシュは色々と考えてるようだ。が、まぁ自分も超能力者ではないため、彼が何について深く考えているのかまではわからない。いくら悩んだところで彼には行動力がない。ファブレの嫡男として、次期王位を継ぐ者としての立場に捕らわれ、動けないでいる。最も、俺の知っている過去とあまりにも変わってしまい、ルークが生まれないのは何度もいうがかなり困るので、背中を一押ししてやるつもりは毛頭ない。俺の望みも、ローレライの願いもルークあってのこそだからだ。
俺はルークもといアッシュの使用人として働き、時には雑務をこなし、それなりに使用人としてファブレ家に奉公を勤める。ただ、剣術の訓練には何よりも力を入れ、俺が10になるころに、特例として白光騎士団の訓練の一部を共にすることを認められた。これは予想外であり、そしてそれを勧めたのは意外にもクリムゾンことファブレ公爵であった。
息子への愛情を素直に表現できない憐れな男だ。だがやはり、息子の身を案ずるのであろう。そして剣術に特に力を入れていた俺に対し、少しでも息子の近くに強いものをと思い提案したのだろう。まぁ、どうでもいいことではある。この力はあくまでもルークのためのものであり、アッシュのためにつけているわけではない。だがあと2年、少なくてもアッシュに生きていてもらわねばならない。ルークが生まれるのには、どうしても彼が必要であるから。
そしてその年、アッシュも剣術を習うこととなった。初日の日、俺はヴァンデスデルカと再会することとなる。そして持ちかけられた復讐の話に、俺は頷く。裏切ることを前提に。いや、裏切るわけではない。利用するのだ。俺はルークがいればそれでいい。
アッシュはヴァンとの剣術を楽しみにするようになった。俺はそれを傍らで見守る。あくまでも、使用人としての態度を崩さずに。その日も稽古を見守り、区切りのいいところでお茶の準備をする。今年の新茶は香りが良い。思わず笑みが漏れる。
キーワードは揃った。アッシュとヴァンが出会い、ヴァンがアッシュの才能に気づく。そしてレプリカルーク、自分にとっての本物のルークと出会うためのキーワードが全て揃ったのだ。あとは、時に任せればよい。
だが勿論、時間を無駄に過ごすつもりはなかった。自分がこれからすることは、いかに屋敷内に味方をつけるかだ。まず、公爵夫妻の信頼を得て、屋敷内の権限を少しでも増やさねばいけない。特に、ルークの教育に関して、自分の言葉を信じてもらえるくらいにはだ。
俺は自由時間の合間、ペールの手伝いで花を育てる。土を運び、水を与え、肥料を混ぜ、種を蒔き、苗を植え、実をつけたなら刈り取る。美しく咲き誇る花を花瓶に活ける。それこそ、誰よりも率先してだ。
ある日俺は公爵夫人に声をかけられた。いつも美しい花を飾っているのはあなたかと。俺は控えめに肯定する。すれば、いつもありがとうと、女性らしい、優しげな声で労わりの言葉をかけられた。
俺はただ、礼をし、また花を活ける。まずはこれだけでよかった。今は、些細なことでも公爵たちと接点が欲しいのだ。一度顔を覚えられ、この人物はこういうことをする人間だと印象付けるだけで、幾分か警戒心というものは和らぐ。元々自分は子供なのだ。他者より警戒心が薄かったであろうし、息子の使用人というだけで大分心象は柔らかかったはずだ。そこに、完璧な礼儀と、花を活けるのが趣味だと思わせるだけで、自分の印象は危険がないものへと変わったはずだ。不思議なことに、人は自然に優しいイコール全てに優しいと思い込む。
花が綺麗に咲くための土壌は一朝一夜では作れない。あの子がこの屋敷に来る時に、あの子が好きだった花で屋敷を埋め尽くしてあげよう。再び閉じ込められるであろうあの子が、少しでも寂しくないように、花をたくさん、咲かせるのだ。
以前の世界のペールの気持ちが、ほんの僅かにわかった。あの寂しい子の心が少しでも安らぐよう、寂しさを紛らわせるよう、花が咲き乱れることを俺は願った。