リバース・エンド
第一章 罪は消えない 7
屋敷内での俺は、異質な存在だった。だがそれは、不思議がられてるだけであって、気味が悪いなどの負の感情ではない。まったく。俺が気味悪がられず、なぜ過去のルークだけがそのような感情をむけられねばならなかったのか。レプリカは化け物でも魔物でもない。模造品と不名誉な意味で呼ばれているが、人間なのだ。人形でもなく、彫刻でもない。なぜなら彼らは考え、悩み、感情を持って動いている。痛みだって感じれば悲しみだってある。喜びもあれば好奇心だって。それが人間でないならば、人間の定義はなんなのだ。
不思議な笑みをたたえる少年だと、誰かが言った。だが同時に、この屋敷の子息に仕えるにはこれ以上ない少年だとも。10の子供らしからぬ思考をし、全てにおいて粗を無くこなす次期国王様となられる子供の傍らに横立つ俺は、それ以上に子供らしくない。従者として、完璧な礼儀を身につけ、主人より一歩後ろに立ち、静かに見守る。品格、素養、武術は完璧であり、問題なのは容姿くらいか。かといい、醜悪というわけではなく、むしろ整った顔立ちをしている。あくまでも、成長期前の子供だということであって、それすらもあと数年と立たないうちに大人同等の体格になる。
と、まるで俺自身を自画自賛してるようだが、あくまでも他者の言葉である。たまたまメイド達が話していたのが聞こえただけだ。こんな子供ですら目をつけるなどと、この屋敷の女たちは男に飢えてるのかと勘違いしてしまいそうになる。けれど、一目を置かれる存在というのもまた悪くない。あくまでも、完璧な使用人を演じなくてはいけない。
その日は珍しく、一日休暇をもらった。なんでもアッシュとナタリアが城下のほうを訪問しに行くらしく、近衛や白光騎士団が護衛としてついていくため、そんな日くらい息抜きしろと、ラムダスが言ってきた。俺がいらないというわけではなく、むしろ必要だからこそ時には休むことも必要だとのこと。子供にしては充分すぎるほどの働きだと、シュザンヌ様がおっしゃったらしい。その言葉に、甘えただけだ。これがアッシュではなく、ルークならば断っていたであろうが、所詮はアッシュなのだ。シュザンヌ様には申し訳ない話ではあるが、あくまでもルーク以外に尽くす気はない。
今年ははND2010。俺の記憶が確かなら、ルークが屋敷に来たのはND2011だ。もう少しだ、あと少しでルークと再びあえる。俺の感覚的な記憶だと、ルークがローレライを解放したのは10年以上も前となる。10年も待ったのだ。あっという間の10年であると同時に、10年も生きられなかったあの子を思い出す。本当に、考えれば考えるほど、ルークが生きた時間は短かったのだ。その大半を屋敷に軟禁さえ、世界を見たのはたった1年。俺にとってもう少し、あと少しの感覚が、あの子が生きた時間なのだと思うと、悔しさが込み上げてきた。俺は、僅かな時間しか生きていない、生きたいと切に願った子供を殺したのだ。あの醜い世界と天秤にかけ、ルークを殺した。
そしてそれでは飽き足りず、俺以外の人間は世界を見捨てた。ルークの死を侮辱した。それが何より許せない。復讐するつもりはないが、馴れ合うつもりもない。むしろ、その記憶だけで言うなら嫌悪や憎悪の感情がこみ上げる。アッシュも、ナタリアも。ティアもジェイドもアニスも、みんな死ねばいい。それでルークが救われるというのなら、躊躇いなどなく彼らを殺すことができる。それほどまでに、自分はルークを必要としているのだ。
とは、言ったところで今のアッシュと以前の世界のアッシュは同じようで違う人物なのだ。なので、この感情は八つ当たりでしかない。結局、別人なのだ、この世界のアッシュとかつてのアッシュ。そしてこれから生まれてくるルークもまたしかり。
以前の世界のルークに、赦しを請うつもりはない。謝っても仕方がない。過去に彼に言ったのは自分だ。謝ったほうは気が軽くなっても、謝られたほうは納得できるものでもない。ルークならきっと許してくれるのだろうが、それではいけない。自分はルークを殺した、己の都合の良い正義感と生きたいという欲によって殺した。その事実だけは、俺は一生忘れてはいけない。この世界のルークを護るのは償いなのだ。
罪は消えない。