AQUA
「こんな風に胸の鼓動がすべてを語ってくれます。ひどく速いリズムでしょう?私の中を駆け巡る血潮たち。すべての細胞が活性化され、研ぎ澄まされていく感覚。そして、私は生きていることを実感するのです。そのことを感じさせてくれるシャカは尊い存在なのだということでしょう。答えは単純かつ、明快」
常よりも速く打つ心音が響いてきた。それがうるさいとは思えない。むしろ懐かしささえ感じる心地よいリズムだった。
「そう……か。そうだな。答えは単純なものなのに余計な雑念に囚われて袋小路に迷いこんでいたようだな。私らしくない。ムウの言うとおりだ」
ムウに身体を預けたまま語るシャカのすべるようななめらかな髪を梳きながら、ムウはそっと瞳を閉じる。
「―――死の先にある未来は私にはわからないけれども。シャカ、貴方の隣に立って、その景色を眺めたいものです」
「そこまで人は良くないのでな。きみを待つことはしない。私は私が為すべきことを果たそう。もしも辿り着いた先が行き止まりであるならば、待っていてやらんでもないが」
「本当に、自分勝手なひとですね。そういうところも嫌いではないですよ。願わくば追いつきたいものですが……いいえ、追いつきますよ、きっと。其処には貴方だけではなく、私もいる。そして仲間たちもいるでしょう。皆で夢のような世界を静かに見守るのです。でもそれはもう少しだけ先の話。いまは……今見ている夢に心傾けて欲しい」
抱き締められる指先から伝わる熱を感じ取りながら、シャカは静かに口を開いた。
「―――その瞬間はムウに耐え難い苦痛と悲しみを降らせるだろう。だが、離れるのはほんの刹那の時でしかないのかもしれない。私が目指す先にある景色を見るのはきみの言うとおり、独りではないのかもしれない。それは悲しいことだけれども、嬉しいとも思うのだ。長い間私を縛り続けたきみを今度は私がきみの手を引いていくのか。それも面白いかもしれぬな。夢が覚めるその瞬間まで……私は君の海で泳ぐとしよう―――……」
二つの影が静かに重なる。
沙羅双樹の園に穏やかな風が吹きぬけ、サワサワと緑葉を揺らし、小さな花々を撫でていく。シャカの耳にはそれが波の音のように聞こえた。
―――蒼い海が見える……。
それはきっとムウの海。
穏やかで心地よい冷たさでもって我が身を包み込むのだろう。
多くの生命が生まれては消えていく様を静かに見守る、大海原のように。
ムウという海に抱かれながら
私は一心不乱に泳ごう。