凛誕!
ツッコミが俺しかいねぇ恐怖(岩鳶だって負けてない)
日曜日、凛は七瀬家を訪れていた。
今日は凛の誕生日。そのお祝いを岩鳶高校水泳部のメンバーがするからと招かれたのだ。凛は断った。だが、岩鳶高校水泳部のマネージャーである江に懇願されて、可愛い妹の頼みに結局、凛は折れた。
江は準備のためだと言って凛より先に七瀬家に行った。
凛は玄関まで迎えに来た遙とともに廊下を歩き、居間に入った。
途端。
「誕生日、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
祝う声がかけられる。
「おめでとう、凛」
隣からも、いつもの感情のこもらない声で祝われる。
もちろん悪い気はしない。それどころか、やっぱり、嬉しい。
照れくさくもあるが、凛は笑った。
そして、部屋の中を見る。
色とりどりの折り紙を使用した輪っかをつなげたもので天井が飾られている。
……なんか、ノリが小学生じゃねぇか?
内心、凛はツッコミを入れた。
さらに、正面にどーんと看板のようなものが置いてあり、そこには大きな白い紙が貼られていて、墨で字が書いてある。
お兄ちゃん、誕生日おめでとう!
これからも良い筋肉でいてね!
字を見ただけで書いたのが江であるのはわかっていたが、内容も江であることを主張していた。
……俺の妹はなにをどうしてこんなふうに成長しちまったんだ?
でも、可愛いから、胸のうちでツッコミを入れるのみにとどめる。
「さあ、凛、座ってくれ」
「あ、ああ」
無表情の遙にうながされ、凛は机の近くに座る。
遙は台所のほうへ行った。
「はるちゃん、料理得意だから、いろいろ作ってくれたんだよ!」
「僕も手伝いました。いつも自分の弁当を作ったりしてますから」
「僕は料理がぜんぜんできないから手伝えなかったんだけどね」
しばらくして、遙が台所からもどってきた。
「ケーキだ」
そう簡潔に説明して、持ってきた物を机に置いた。
長方形の大きなケーキである。
「凛ちゃんのための誕生日ケーキだよ! すごいでしょ!」
渚がキラキラした眼を凛に向け、同意を求めた。
「ああ、たしかにすごいが……」
大きいし、いろいろと装飾されていて、手がこんでいるのはわかる。
だが、「おめでとう!」と字が書かれている近くに絵が描かれているのだが、それはどう見ても……。
「これって、この町の……」
「町のゆるキャラ、岩鳶ちゃんだ」
めずらしく声に力を入れて、遙が言う。
「可愛いだろう」
これ、可愛いのか……?
なんだか見ていると、そのなにを考えているのかわからない眼に吸いこまれていきそうな恐怖を感じるのだが。
いや、それよりも。
「やたらと大きく描いてあるから、これじゃあ、コイツを祝っているみてぇじゃねぇかよ」
凛はケーキに描かれた岩鳶ちゃんを指さしてツッコミを入れた。
しかし、それを作った張本人の遙は一切動じない。
「可愛いからいいんだ」
「それじゃあ誕生日ケーキって言えねぇじゃねぇか」
「細かいことは気にするな」
「細かくねーよ!」
ツッコミを入れつつ、だが、遙が作ったのがサバ臭のするケーキではなくて良かったと、ちょっとホッとした。
そのあとケーキは切り分けられた。
中からサバが出てくることはなくて、凛はまたホッとした。
「じゃあ、出し物、するね!」
いきなり、渚がそう明るく宣言した。
出し物……?
戸惑う凛をよそに、岩鳶高校水泳部のメンバーは全員立ちあがり、江の字が書かれた紙のまえに進んでいった。
彼らはずらっと横並びに立つ。
左端に立つ真琴は右足は真っ直ぐに左足は斜めを描くように開いて立ち、右腕はおろしていて、左腕は肘を曲げて半円を描く形で腰に手をやっている。
その右横に立つ怜は背筋をピンと伸ばして、ビシッと真っ直ぐに立ち、直立不動、といった雰囲気だ。
さらにその右横にいる渚は右腕は真っ直ぐにおろしているが、左手は斜めにおろしている。
その渚の左手は、その隣に立っている江の真っ直ぐにおろされいる手をつかんでいる。
そして、右端にいる遙は、膝を立てて座り、身体を丸めている。
「……なんだ、ソレ?」
意味がわからない。
「えー、凛ちゃん、わからないのー?」
「ああ」
「僕たち、人文字やってるんだよ!」
「人文字?」
「アルファベットだよ、凛ちゃん。今日は凛ちゃんの誕生日だから、RINって形を、みんなで作ってるんだよ」
そう言われてみれば、なるほど、そういう形に見えてきた。
……だが、しかし、それを見て、俺にどーゆー反応をしろと?
というか。
「おい、渚、江の身体にさわってんじゃねえよ」
「だって、僕たちふたりでNだもん」
「それから、ハル! おまえはいったいなにしてんだ?」
渚と江がNの形を作っているとしたら、膝を立てて身を丸めるようにして座っている遙はなんなのだ?
遙はその状態のまま答える。
「俺はドットだ」
「いらねえよ!」
速攻で凛はツッコミを入れた。
けれども、眼のまえにいる者たちはみんな気にしていない様子だ。
「じゃあ、盛りあがってきたところで、出し物は終わりにするね」
「盛りあがってねえよ!」
渚に対する凛のツッコミも気にされず、怜が言う。
「では、プレゼント贈呈に移りましょう」
岩鳶高校水泳部メンバーたちはぞろぞろと移動した。
しばらくして、彼らはそれぞれの手にひとつプレゼントらしき物を持った。それぞれ、同じ大きさである。
自分のためにプレゼントを用意してもらえるというのは嬉しいことである。
凛は顔に出さないようにはしたが、心が温かくなるのを感じた。
みんなからプレゼントが差しだされる。
と思いきや。
なぜか、みんなプレゼントの包装紙をはがし始めた。
「???」
凛は戸惑う。
やがて、みんな、包装紙をはがし終わり、あらわれた白い箱を開けた。
「じゃーん!」
渚がキラキラの笑顔を凛に向ける。
「プレゼントはフォトフレームだよ!」
「このまえ、お兄ちゃんの寮の部屋に行ったとき、お兄ちゃんの机のあたりが殺風景だったから、置いてほしいなって思って」
可愛く江が言った。
岩鳶水泳部メンバーはそれぞれ取りだしたフォトフレームを一個ずつ持っている。
そのフォトフレームにはすでに写真が入っている。
江が持っているフォトフレームには、ちょっと照れたように笑う江の写真。
真琴が持っているフォトフレームには、微笑みながら腕を組んで立っている真琴の写真。
渚が持っているフォトフレームには、おどけた表情でVサインしている渚の写真。
怜が持っているフォトフレームには、メガネのブリッジに手をやっている怜の写真。
遙が持っているフォトフレームには、水着エプロン姿でおたまを持っている遙の写真。
「それを、ずらっと俺の机に置けっていうのか!?」
「うん、にぎやかでいいでしょ?」
「にぎやかすぎる!」
「では、ひとつ選んで置いたらいいでしょう。ただし、公平を期するために、週ごとに置く写真を変えるということで」
「そんなことしたくねーよ!」
特に遙の写真を単体で机に置いた場合、まわりからなにか誤解されてしまいそうだ……。
「お兄ちゃん」
江が声をかけてくる。
だから、凛は江を見た。
江は悲しげな顔をしている。
「お兄ちゃんは私の写真を机に置きたくないんだ……」
「さびしいよ、凛ちゃん」
「凛にとって俺たち(の写真)は邪魔なんだね」