光風霽月
3.
「・・・だから何故、私が青銅の餓鬼供のために貴重な血を提供せねばならんのかね?」
「さっきから言ってるでしょう?私だって貴方のような薄くて比重足りなさそうな血なんて欲しくはありません。アテナのご所望でなければ『絶対に』この場に呼んだりなどしませんね」
「だったら、君からアテナにそう言えばよかったのではないのかね?アルデバランはどうしたのだ?」
「アルデバランはいませんっ!て、先程も言いましたよね?貴方、本当に人の話し聞いてるんですか。アテナには貴方から言えばいいことでしょう?“私は貧弱で血が足りませんから、貧血起こして倒れてしまいます”って。そうすればアテナも少しは哀れんで下さるかもしれませんよ?」
「!?・・・貴様・・・」
ああ・・・またやってるよ・・・。
蛇とマングース。
いや・・・この場合、羊と乙女なのだろうけれど。
青銅聖衣の修復をするからとムウに呼び出されて渋々白羊宮に来てみれば、先に来ていたのだろうシャカとムウが舌戦を繰り広げていた。まるで子供の喧嘩だなと思いながら、その様子を見てげんなりと肩を落とすミロとアイオリアはこじんまりと収まっている老師に挨拶をした。
「おお、久しぶりじゃの。息災か?」
「ええ。老師こそ。本当に息災そうで何よりです」
その化け物なみの体力を少し分けて欲しいかもしれないと思いつつ、愛想良く接する。
「老師も呼ばれたのですか?」
フォッフォッフォと笑いながら愉快そうに目を細めた老師はムウが用意したのだろうお茶をズズと啜る。
「あいつら何時からあんなことやってるんですか?」
「さあのぅ・・・?かれこれ一時間ぐらいか。いや、もうちょっと過ぎているような気もするがのぅ」
気の長い老師が言うのだから、おそらくその倍以上の時間は過ぎているだろうと推測する。
「一時間も・・・はぁ・・よくやる」
「仲良きことは美しきかな・・・フォッフォッフォ」
老師にはあのふたりは仲が良いと見えるのだろうか?遠い目をしながらムウとシャカを見る。まぁ、確かになんとかの喧嘩は犬も食わないというし・・・と、ちょっと意味がちがうような気もするけれど、あまりそういった細かいとこは気にしないアイオリアである。
それよりも毒舌千日戦争なんて絶対嫌だな・・・とアイオリアが呟くと、うんうんとミロも同意するように頷いた。
「それにしても、おまえ、よく普通に千日戦争の形でシャカと交えたな?」
「口であいつに勝てるわけないだろう?力技に持っていくに限る」
「そりゃそうだな。ははは。とりあえず、待っていてもきりがないだろうし、そろそろ止めて来いよ」
「・・・誰が?」
「誰がって・・・おまえに決まってるだろ」
「なんで俺があいつらを止めに行かなきゃならんのだ!?ミロ、おまえが行けよ!この前、俺一人放置しただろうが。どれだけ俺がシャカに説教喰らったと思うんだ?」
「そんなのおまえが地雷の上で遊んでるのが悪いんだろうが。自爆したのはおまえが悪いからだ。俺は関係ない、絶対ヤダね!」
「絶対ヤダって、おまえなぁ・・・」
まるでムウとシャカの言い争いが飛び火したように今度はミロとアイオリアが言い合いを始めると、ピキーーンと張り詰めた金属的な声が届いた。
「君たち、そこで言い争ってないでサッサとしたまえ!!」
いつの間にやらムウとシャカは言い争いを止めて、シャカはさっさと一人で聖衣に向かって献血中であった。元はといえば、おまえとムウが言い争っていたのが悪いんだろうに、と口の中でモゴモゴと不満を述べるが、ここで言い返せばそれこそ無駄に精神力を消費することは目に見えていたので黙って返事をする。
「・・・はい、はい」
口元をピクピクと引き攣らせながらも、用意されていた青銅聖衣の前に立ち、サッサと献血終了してこの場をおさらばしたいと思う二人である。
「シャカ、貴方・・・出し惜しみしてません?」
流れの遅いシャカに向かって冷たい視線を向けながら、ワザとらしくムウは溜息などついてみせる。
「・・・黙りたまえ。気が散るではないか」
「別に貴方が気を集中する必要はないでしょう?聖衣を修復するのはこの私なのですから」
何でそう気に入らないクセに、やたらとシャカに構うんだろうな?と不思議に思いながらも、取りあえずサッサとこの場から逃げ出したい二人は必要以上に血の流れを速めるよう、密かに小宇宙を高めたりしていた。
「嫌よ、嫌よ、も好きのうちとかいうじゃろ・・・」
内心浮かんだ疑問についてなのだろうか、老師がアイオリアとミロに向かって呟いた。
「おや?何か仰いましたか・・・老師?」
にっこりと微笑んではいるが、目元は恐ろしいまでに険しいムウに老師でさえも笑って誤魔化していた。