光風霽月
4.
―――結局。
必要量を提供し終えたミロとアイオリアはそそくさとその場を立ち去り、老師もこれで十分じゃろう?と不満そうなムウに無理やり終わりを告げると白羊宮から引き揚げていった。
その場に残ったのは変なところで生真面目な低血圧及び比重不足のシャカのみであったのだが・・・。
ムウは青銅聖衣の修復を手懸けていた為、すっかりそんなことは記憶の端にすら残っていなかった。というよりも、シャカの存在自体忘れていた。日もドップリ暮れてようやく3体目の聖衣の修復を終えた頃、おずおずと貴鬼が声をかけてきた。
「あのぉ・・・ムウさま?」
「何ですか、貴鬼」
くるりと向き直ったムウの表情がようやく、いつものように柔和なものになっていることを確認した貴鬼はほっと胸を撫で下ろす。何度か貴鬼がお茶を持ってきた時に勇気を出してムウに声をかけようとしたのだが、厳しい表情で修復に向かっているムウに言い出せずにいたことを口にした。
「えっと・・・ムウさま。白羊宮で人が倒れてたんですけど」
「はい?」
「ですから、人がひとり、聖衣の前で血を流しながら倒れてたんですって!」
心当たりが無いといった風に首を傾げて考え込むムウをじっと貴鬼は見た。
「・・・・・・・・・・あっ!」
たっぷりと間を置いてから、閃いたとばかりにポンと手を叩くムウを貴鬼はあきれた様に見ながら深いため息をついた。
「“あっ”って・・・ムウさま忘れてたんでしょ?」
素直にこくんと頷くムウに「やっぱり」と頭を抱える貴鬼であった。
「それで、聖衣は?」
「ここに持ってきてますけど―――って、聖衣のことよりもあの人のこと心配してくださいよ!!」
「どうしてですか?」
まったく悪びれた様子のないムウに、本当にこの人の下にいても自分はいいのだろうか?と、ほんの少し不安に思う貴鬼である。
「どうしてって・・・あの人、死に掛けてましたよ?真っ青になって倒れてたんですから」
「ふ~ん・・・けっこうしぶといですねぇ。黄金聖闘士は伊達じゃないということなんでしょうかね。ああ、でも貴鬼がこのまま余計なことをしなければ、ひょっとして・・・」
あくまでノホホンとした調子で物騒なことを言っているムウに、いい加減相手をするのにも疲れた貴鬼はびしっと指を指して毅然と言い放った。
「ムウさま!ちゃんとあの人の面倒見てくださいね!おいら、もう寝るからっ!」
「はいはい、わかりましたよ。おやすみ、貴鬼」
「本当に頼みましたからね!」
「はいはい」
ひらひらと手を振るムウを胡散臭そうに見ながらも、もう一度念を押した貴鬼は就寝に就いた。
「さてと。もうひと頑張りしましょうか」
やっぱり貴鬼の言ったことなど意に介さず、ふうと息をついたムウはポンポンと肩を叩きながら、最後の一体に取り掛かった。
「―――やっと、終わった。そろそろ私も横になるとしましょうか」
久しぶりに4体も聖衣を修復すると疲労が激しいですねぇ・・・と独り言を言いつつ、ベッドに向かう。半分瞼は閉じかけの状態で暗闇の中をモソモソとムウはベッドに潜り込むと、トンと指先に何かが触れた。
「おや・・・?珍しい」
貴鬼が私のベッドに潜り込んでいるなんて。
そう思いながらも、もう眠りに引き込まれていたムウはそのまま貴鬼を抱き枕に眠りに就く。何だか今日の貴鬼はすごく抱き心地が良くて、とても落ち着いた。
それにいい香りがするな、とムウは思いながら深い眠りに落ちていった。