光風霽月
5.
「―――ムウさま?」
「ん・・・」
「ムウさまったら」
ゆさゆさと揺すられる。
「貴・・鬼・・・もうちょっと寝かせてください・・・」
ぎゅうっと抱き枕になっている貴鬼を引き寄せて、大人しく寝かせてもらおうとする。
「ムウさまっ!!」
ゆさゆさとムウを揺する貴鬼の小さな手を背中に感じた。
「ん~~~・・・・?・・・あれ?」
貴鬼は此処に・・・・いる・・・はず。
抱き枕代わりになっている貴鬼をペタペタと触る。
おかしい。
貴鬼にしては長細いような気がする。何だかすごく嫌な予感・・・。恐る恐る目を開けたムウの目に映ったのは自分の腕の中にこじんまりと納まっていたシャカの姿であった。
「わ~~~~~~~っ!!!!??」
大声を上げ、パクパクと口を開けたり閉めたりしているムウを呆れたように見ながら、貴鬼は両耳を塞いでいた手を除けて、盛大に溜息を零した。
「・・・ムウさま、落ち着いてください・・・」
こんなに動揺しているムウさまを初めて見るなと貴鬼は思いながらも、今にも魂が抜け出てしまいそうなムウを哀れみ、あまりにも不憫だと思った貴鬼が昨夜シャカをこのベッドに運んでいたのだと状況を説明した。
「じ・・・事情はわかりましたが・・・これは一体どう・・・!?」
「う・・・・ん・・・」
ムウの声に小さく身じろぎながらシャカがムウの胸にぴったりと擦り寄った。
思わずムウは言葉を呑み込み、手を伸ばしたまま硬直する。
―――こんな状況で目を覚まされてはとんでもないことになる。
だが・・この場合どうすればいいのだろう?
この場合は・・・。
「き・・貴鬼・・・私を助けなさい」
冷や汗をダラダラと流している師の顔を覗き込んだ貴鬼は嬉しそうにニッコリと笑った。
「嫌です」
「・・・・はい?」
何かの聞き間違いだろうかとムウは思いながらも、覗き込む貴鬼の邪笑にムウはアリエス一族特有の意地の悪さを感じ取った。
「たまにはおいらも遊びたいモン」
「遊びたいモンって・・・貴鬼、あなたは私を見捨てるつもりですか!?」
思わず声を荒げるとまた腕の中のシャカが動いたため、途端に口を噤む。
「あんまり大声だすと起きちゃいますよ?その人」
「・・・うぐ」
「じゃあ・・・頑張ってね、ムウさま」
ぱちんと片目を瞑ってパタパタと部屋を後にする愚弟子にムウは呪いの言葉をかけた。
『何を頑張れっていうんですか!?貴鬼っ!!帰ってきたら承知しませんからねっ!!』
心の中で叫びつつ、目の前の状況をどうすればいいのか考えようとするのだが、思考が纏まらなかった。
ああ、なんでこんなことになっているのか。
・・・私が悪いのだろうか?
いや、そもそも勝手にぶっ倒れてたこの男が悪い。
・・・倒れるまで放置したのは私だけど。
いやいや、私のベッドで寝ているのが悪い!
あ、でも運んだのは貴鬼か。
じゃあ、貴鬼が悪い!
・・・潜り込んだのは私だし。
ああ、でもここは私のベッドだからしてそれは当然の権利だし。
ついでに言うと抱き枕代わりに抱え込んだのは私だけど・・・。
いや、抱き心地がよかったし。
それになんだか今までにないくらい安心して気持ちよく眠れた。
とてもいい香りがして、温かな小宇宙に包まれて・・・・。
それはこの人のおかげなのだろうか?
じいっとムウは自分の腕の中に眠る人の顔を見る。再会してから今までこんな風にじっくりと観察することなどなかった。この人の気配を感じただけで顔を合わせないようにしていたから。
そもそも何でこの人のことをこれほどまでに嫌いに思うようになったのだろうと思う。よく見れば結構自分好みの顔をしているのに。
呻く様に考え込んでいたムウだったがポンっと思い出した。
「あ――・・・そっか。参りましたね・・・・」
思わずぼそりと呟く。
本当に些細なきっかけでシャカのことが嫌いになったのだ。
しかもそれは、好きの裏返しのような感じで嫌いになったという事実に少々情けなく思わざるえなかった。