【ジンユノ】SNOW LOVERS
「これって、ハート型……だよね?」
黒い粒は、独特の丸みを帯びた形になっている。雪玉を作った時に、ユノハの指示で雪上に描いたマークと同じ、雪だるまの小タマが両手で抱いているのとも同じ、下が少し尖って、上の膨らみの中央が窪んだ、見るからに愛らしい形。
「ハイ。えっと……バレンタイン、なのでハート型にしてみました」
ハートは愛の象徴。ついさっき、雪に付けられたハート形を見て思い出したその認識が、改めて意味を持ってジンに届く。バレンタインは恋人の日、愛を確かめ合う日。そんな事を、確かさっきユノハが言っていた。
「……ひょっとして、雪の上に描いたのも、タマが抱いてるのも、バレンタインだから?」
「……あ、はい。あのっ、それも、あるん……だけど」
もじもじと、ユノハは今度は手指を組む代わりに、腕に抱いたタマに顔を半分埋めてしまう。
「……伝え、たくて」
ハートは心だ。愛を抱いた心。
ずっと、想い続けてくれてくれてたのだ。言い出す事ができないままに、それでも伝えようと、形にしてくれていた。
そう気づいたらもう、心の底から愛おしさが溢れてどうしようもなくなった。こんなに好きなのに、まだもっと好きになってしまう。
「あっ……ありがとう……。これっ、大事にするからっ」
なのに気の利いた言葉のひとつも浮かばなくて、ジンは手にした一粒を大切そうにまた箱に納めると、もと通り包装しようとして――結局それはできなかった。
綺麗にラッピングし直せなかったというのもあるが、ユノハが実に残念そうに、
「えっ!? しまっちゃうんですか? 食べないの?」
と、そう言ったからだ。
「いや、折角のプレゼントなのに、食べたらあっという間になくなっちゃいそうだし」
「そっ、それはそうですけど、でも……食べて欲しい、です」
「ああ、勿論食べるよ? ただ、眺めるだけでも綺麗だし、折角だからできるだけ手元に置いておきたいんだ。これってどれくらい日持ちするのかな? 傷んで食べれなくなるぎりぎりまで残したいんだけど」
「そう言う事じゃなくて……」
タマの体に皺ができるほど強く抱きしめて、ユノハは眉を八の字にしている。
けれどそのまま、待っても続く言葉は彼女の口から出てこなかった。
ジンは箱を手にしたまま、ユノハとそれを見比べた。心の籠ったプレゼント。何度でも繰り返し見て、この嬉しい気持ちを再確認したい。けれどユノハは哀しそうだ。
「……そうだった。約束してたんだ。ユノハのお願い、聞いてあげなきゃだったね」
ジンは再び箱を開け、小さな可愛いチョコレートを一粒、取りだした。かさかさと音立てて紙を取り、もう一度しげしげと目に焼き付けて、思い切って口に入れる。見た目通り固い感触は最初だけで、一度噛んだら舌の上でほろりと蕩け、香りと共に口腔に広がった。微かに混じる苦みさえ、混じり合う中で絶妙な味覚の恍惚を齎してゆく。
「甘……い。何だこれ」
甘い香りがしたから甘いのだろうかと言う予想は裏切らなかったが、初めて食べる菓子の味は、ジンを驚愕させるに十分だった。思わず口を押さえるようにして目を丸くするジンを、ユノハが横から固唾を呑んで見つめている。
「……美味しい。これ、滅茶苦茶美味しいよ、ユノハ!」
思わず目を輝かせて顔をあげ、素直に感動を伝えてくるジンに、ユノハの方も顔を輝かせ満面の笑みになる。
「……良かった! 喜んでもらえてすっごく嬉しいです」
「僕の方こそ! ユノハが作ったんだよね、天才じゃないの? こんな美味しいの……ああ、ヤバいよユノハ。取っておきたいのに、もっと食べたい」
「遠慮せずに、よかったら全部食べちゃって下さい。その方がわたしも、ジンくんが食べてるの見れて嬉しいです」
「……そう、か……」
思わず二個目に手を出してしまいながら、ジンは気付いた。
手元に置いて眺めるのは、己の世界に閉じ込めた、自己満足に完結してしまった喜びなのだ。それはずっとジンのものだった。アイドールのシルフィはいつも望む時に手の中に展開し、眺める事ができた。何度でも繰り返すそれは、楽しみではあったが、同時に安穏たる平常でもあり、それはそれで悪くはないものの、ユノハと一緒にいる時のような高揚は決してもたらしてはくれない。
胸の高鳴る喜びは、いつも瞬間瞬間で異なり、その都度生まれて膨れ上がっては、名残だけ残してまた手元から離れてしまう。口の中いっぱいに幸せを味わうこのチョコレートしかり、手を合わせ触れあう喜びしかり、目が合った中に生まれる熱も、さっきキスをした、その気持ちよさも。
その刹那の快感、それ自体は永続しはしない。でも代わりに心に残る。ジンの中のユノハと言う存在を形作る一部になって、記憶のレコードに幸福な輝きを纏って記される。あたたかな、幸せになる。
生きた喜び。一人で閉じこもっていたままだったら、きっと解らなかった。永遠に味わう事も出来なかった。
例えばいましがた、一緒に雪を見て綺麗だと、そう思った心の震えさえも。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA