【ジンユノ】SNOW LOVERS
「ユノハ!」
膨れ上がる歓喜に任せて、ジンはユノハの名を呼び手招きした。
すぐ傍で立って見ていたユノハが、それを受けて屈みこむ。その手を掴んで、ジンは自分の膝の上にユノハを引き寄せた。
「きゃっ!?」
そのまま、バケツに腰掛ける自身の上にユノハを強引に横座りさせる。さっき、雪の中でアクシデントで座り込んでしまった時同様、ぐん、と互いの距離が縮まった。
吃驚して、タマを抱えたまま竦み上がって身動きできないユノハに、ジンは平然と箱から取り出したチョコレートの一粒を掲げて見せる。
「ユノハも一個、食べなよ。すごく美味しいから」
「え? え? で、でも、それジンくんにあげたもので、ジンくんに食べて欲しくて……」
「うん。僕が貰ったんだからもう僕のでしょ。で、僕がユノハにも食べて欲しい、今。一緒に味わいたい」
ユノハを覗きこむと、目を丸くしたユノハは、また眉尻を下げた。
「ジ、ジンくん、今日はなんだかいつもと違って大胆ですっ」
抱えたタマに隠れるように上目遣いで訴える。そんな様さえ目に楽しくて。
「うん。そうかも? だけどごめん、なんだかすごく気分がいいんだ」
屈託ない笑みが自然に溢れて、今度はそれにユノハの目が釘付けになった。
「し、仕方ないです。お願い、聞いてもらっちゃったから、今度はわたしの番ですよね」
そう了承して、掲げているチョコレートに手を伸ばしかけた、そのユノハの手が届く前に、ジンは更に高くチョコを持つ手を遠ざける。
「僕が食べさせてあげるよ」
「え、えええっ?」
「いいじゃない。残念ながら僕が用意したものじゃないからさ、せめてもの代わり。ほら、口開けてユノハ」
そう言って、遠ざけた指先を再びユノハの口元へ持ってくる。恥ずかしがってユノハがタマの陰に隠れようとするのを許さずに。困った顔のまま、ユノハの方も覚悟を決めて目を閉じて、恥ずかしそうに唇を少し開いた。唇の隙間から、可愛らしい歯が微かに覗く。口腔の先に待っている舌に届くように、少し大胆にジンはチョコを持つ指をユノハの口へ運んだ。指先が唇に触れる。その先の舌の柔らかな感触に、何かざわりと皮膚が泡立つような感覚を覚え、ジンは慌てて手を離した。ユノハの方でも、吃驚したような小さな声を上げ、思わず反射で口を閉じかけてジンの指を一瞬甘噛みする。
「ごっ、ごめんなひゃいっ、ジンくんの手袋、舐めちゃった」
「いいよそんなの」
言いながら、むしろその感触にどぎまぎして、ジンはやや濡れて変色した手袋の指先を見つめた。それを厭うどころか、舐めてみたいとか思ってる自分に気づいて、そんな変質者みたいな真似、ユノハに気味悪がられると否定して急いで頭を振って意識を散らそうとするけれど、覗き見た彼女の口元が脳裏にちらついて離れてくれなかった。
「ジンくん?」
「あ、いや、美味しいでしょ、ユノハ」
「うー。自分で作ったの自分で褒めるとか、ありえないんですけど」
「けど、美味しいでしょ?」
「わ、わかりませんっ、そんな、見つめられたら味なんて……」
ごまかすようにそっぽを向いてしまうユノハを見ていると、押さえたはずの欲が悪戯心を伴って頭を擡げてしまう。今度はジンは、それに抗わなかった。布越しの指先よりも、もっとダイレクトに触れる事ができるのは、ついさっき学習済みだ。だからジンは箱の中のチョコレートを更にひとつ摘まむと、自分の口の中へ抛り込んだ。噛まないように含んでから、溶けだす前に空いた手でユノハの顔をあげさせる。
「ジンくん……? っ、んっ!?」
何と不思議そうな顔をしたユノハが問い終わる前に、さっきしてたみたいに顔を寄せ唇を合わせる。言葉を発しかけで開いていたのをいい事に、そこに舌先に乗せたチョコレートを押しこんだ。
チョコレートの甘い味覚がジンの舌にも微かに残る。そこに、意図せずユノハの舌が触れ、温かく濡れた感覚の中に、微かに、その癖どこか鋭い甘い刺激がぞくりと生まれた。目を丸くしていたユノハの瞳が細められ、ぴくんと彼女が震えたのが判る。ジンも、思いがけない感覚に驚いて、目的も果たした事だし、すぐに離れた。が、口腔から舌を引き戻しがてらユノハの歯に触れて、またも舌先からぞくぞく痺れが走る。味覚を味わう為だけの器官だと思っていた舌が、思いがけず鋭敏な感覚を持っているのだと、ジンは初めて気がついた。驚きに顔を離しながらユノハを見れば、羞恥と、やはり突然の感覚を堪えるような表情が入り混じって得も言われぬ貌をしていて、初めてみるそんな表情に魅了される。
離れても、一瞬触れただけの舌が甘い。
「……甘い……美味しい、よ?」
美味しい。甘い。ユノハの唇。彼女の舌。
「……甘い、です」
唇を押さえ、舌先に送られたチョコを複雑な表情でユノハは味わっている。
そうかと思ったら、不意に手が伸びて、ジンが持っていた箱からチョコレートを一粒摘まむと、ジンの口元へ毅然と差し出した。
「あーん」
「え?」
「ジンくん狡いです。お陰でわたし、自分で用意したの、二個も食べちゃったことになるじゃないですか。ジンくんにあげたくて作ったのに、これじゃ本末転倒です。だから今度はわたしから逆襲します。絶対ジンくんに食べてもらいますからねっ。あーん」
「あ、う、うん」
自分も同じことをしたのに、逆の立場になると何とも面映ゆい。
照れくささが勝って、素直に応じられない。だが、嬉しくもある。
ユノハはじっとジンを見据えて待っている。手ずから食べさせる気満々だ。
覚悟を決めて、ぎこちなく口を開く。するとユノハが勝ち誇ったように嬉し気に、そこにチョコを含ませようとした。チョコを持ったユノハの指先が唇に触れる。途端に、また悪戯心がムクリと起きだして、ジンはその指を自ら迎えに行って、パクリと指ごと口に含んでしまう。
「ひゃっ!?」
逆襲の逆襲に驚きの声をあげるユノハにしてやったりと微笑んで、思わずチョコを離して指を引っ込めようとするのを許さずに、ついでとばかりにその指にまで舌先を絡めて吸いついた。慌てて指を抜いたユノハがまた眉尻を下げて恨めしげにジンを見る。そんな様も可愛くて、ジンは人の悪い笑みを深くした。
ジンの頬の内側で、チョコレートが甘く溶ける。
「美味しい」
「う……」
「ユノハと一緒に味わうと、もっと美味しい」
二重の意味を込めて告げた言葉を、ユノハは気付かなかったようだった。
「……そう、ですか? なら、うん、良かった」
そしてにこっととろけるような笑みを見せる。
「わたしもジンくんと一緒だから、なんだか味見した時より美味しい、かも?」
「うん……」
その彼女を見ているだけで、満ちて来るものがある。
ときめき、浮き立ち、心が躍る。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA