【ジンユノ】SNOW LOVERS
「そうだ! ユノハに何か、お礼したいな。というか、僕自身がチョコレート用意してあげたらもっと良かったんだけど、ごめん。実は知らなくて」
バレンタインもチョコレートの存在も。
「そんな、お礼だなんて。気にしないでください、わたしがあげたかっただけ」
「そうはいかないよ。それに、確か好きな人に贈り物をする日なんだよね? だったら僕だって、何かユノハにあげたい。何がいいのかな? やっぱりチョコレートとかお菓子が定番なの?」
「……そういうのもいいですけど。でも、男の人からは、お花、あげてる人が多いみたいですよ?」
「花? ユノハも花が好き?」
「はい、とっても! 綺麗だし、女の子だったらお花もらって喜ばない人いないんじゃないでしょうか?」
「そっか。花か……知ってたら、ユノハに似合う花、探して贈ったのにな」
するとユノハが微笑んでゆるゆると首を横に振った。
「花なら、もうもらったようなものです。ほら、こんなに!」
そう背後を振り仰ぎざま手のひらを空に向けて伸ばす。彼女の示す先には今は暗い雪雲に覆われて月が隠れた曇天の夜空がある。そして、そこから姿なく降っては不意に灯火の明かりに白く浮かび上がる小さな欠片が舞い踊っていた。幾つも幾つも、音もなく優しくくるくると降り注ぐ。
「……雪?」
「……知ってますか? 雪って「天花」とも言うんですよ。天から降ってくる花」
空を仰いだままそう言ったユノハが、伸ばした手を引いて、ジンの目の前で手のひらを開く。そこには綿にも似たあえかな結晶が一粒、凛として夜に染まらぬ純白の輝きを見せていた。
「実際花みたいな綺麗な結晶ですよね。それはジンくんも知ってるでしょうけど。ルーペでもあれば、一緒に観察できたかも。けど、それを知らなくても、ほら、こうして降る様子がまるで花びらの雨みたい」
ひらひらと舞い落ちる白い花。雪はもう、次から次へと降ってきていて、今はもうそれを掴むのも容易かったから、ジンが思わず伸ばした指の先にも一粒、白い粒が乗っかった。色の濃い手袋の上でより映える白を眺めれば、肉眼では判り辛いが確かに針のように細い結晶が伸びているのが見て取れる。繊細で清らかな、すぐに溶けてしまう儚い華。それでも次々舞うそれは夢のように綺麗だった。
「……凄いね」
見ていると圧倒されて、それ以上うまい言葉が出ない。
でもユノハは頷いてくれた。
「凄く、綺麗。……だからね、ジンくんと一緒に見れて、わたしにはもうそれだけで何よりのプレゼント、です……」
「うん。綺麗だ……」
同じように感じるひとが傍にいる歓び。
「タマも一緒ですし」
「うん、タマも」
ジンが笑って、タマの頭に乗っかった雪片を撫でるように払ってやる。一瞬目くばせするように互いを見て微笑むと、二人と一匹はそのまま同じ、夜に降る花に眼差しを向けた。
雪は音もなく舞い降りて、二人がはしゃぎ作った雪上の足跡の、その更に上にも振り散らされる。
「中庭、だいぶ荒らしちゃったけど、この分だと雪化粧しなおしてもらえそうですね」
「ああ、けど、さっき折角地面に描いてたハート型まで消えちゃうんじゃない?」
それは何だか勿体ないな、とジンが残念がると、ユノハが顔をあげて首を振ってみせた。
「いいんです。消えてもここに、残ってるから――」
抱えたタマをずらすように、自分の胸の中心に片手を当てて、ユノハは満足げな顔で目を閉じた。
「それに――ちゃんと届いた、から」
「――うん」
目を閉じれば、脳裏に浮かぶ。白い世界に浮かぶ、少しぎこちないハート型に刻まれできた道の影。
刹那で消えても永遠に心に残る、それはさっきも思った事。
「ああ、でも、そうだ。ユノハ、ちょっとこれ持って座って待ってて」
ふと思い立って、ジンはチョコレートの入った箱だけをユノハに預けると、彼女を促して立ちあがり、もう一度ユノハだけをそこに腰かけさせた。
「ジンくん?」
首を傾げるユノハの視線の先、彼は箱をくるんでいたラッピング素材を握りしめて、すぐ傍でやはり雪を眺めるように並んで佇む雪だるまの前に立った。何をしているのだろうと、ごそごそ動く彼の背をユノハが怪訝そうに見つめていると、ややあって「どうかな」と満足げにジンが振り返り、少し脇によけて見せる。
そこには、造花付きの飾りリボンの花をまるでブートニアのように胸に飾った大タマと、やはり残りのリボンが掛けられたハート形を抱きしめる小タマがいた。
「わぁっ! 二つともすごく素敵です!」
瞠目したユノハは、手を叩いて喜んだ。ジンは照れ臭そうに前髪を弄る。
「その、ユノハからのプレゼントの再利用で悪いんだけど。このまま捨てちゃうのも勿体なさすぎるし、僕からのささやかなプレゼント」
「ありがとうございます! 嬉しい。並んでおめかししてるみたい。可愛い」
「あと、さ」
弾む声で嬉しがるユノハの傍に戻ると、ジンは、座るユノハを中心に、囲むように、足で雪を深く掻いて線を描く。
何を描いてるのか、気付いた瞬間ユノハから感嘆のため息が零れた。
「……こっちも。その、こんなんじゃ、ホントは全然足りないんだけど」
座するユノハを中心にした、ハート型。その中に入ると、ジンはユノハの元に膝ついて、彼女の手を取った。姫君に忠誠を誓う騎士のように。
「僕のキモチ。君に――届く、かな」
「充分です。充分すぎます」
感極まってユノハが首を振る。それから、はっとして、自分の手を取るジンの手を握り返した。
「そうだ、わたし、ジンくんが勝ったご褒美、まだあげてません。お願い聞かなくっちゃ」
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA