【ジンユノ】SNOW LOVERS
ユノハの指摘通り、ジンには初めての事だった。雪を見るのも、雪が積もった上に足跡をつけるのも、そうして雪だるまを作る事も。
何しろアイアンシーの天蓋で地表の大部分を覆われたアルテアに、基本、雪は降らない。
「でも丁度良かった。どうせなら大きな雪タマだるまにしたかったんですけど、一人じゃ頭乗せられないし」
両手の中で丸めるように握った雪玉を、ユノハに言われるまま、まだ真新しい白に浮かぶような雪の上に転がしてやる。雪玉は、その水分で勝手に表層の柔らかな雪を身に纏い、それが自重で押しつぶされて、どんどん肥大していった。しゃがんだ状態で転がしていたものが、片手では頃がしにくくなる頃には膝を折って立ち腰を曲げて、それから両手で押してもうまく転がせないほど大きくなると、今度は二人がかりで。転がす雪玉の後には、ローラーで押しつぶしたような道が、まっさらだった雪原に錯綜した。
最初は軽快に勢い付けて転がして、かと思ったら吹き溜まりに突っ込んで方向転換に二人して四苦八苦したり、まだ雪玉の跡のついていない真っ白な雪原にわざと乗り入れて二人してそのど真ん中を突っ切りながら、ユノハの指示で、転がす足跡で文字を描いてみたり。やってるうちに、意味もなく笑いの衝動が押し上げてきて、気付いたらジンはくつくつ笑いながら夢中になっていた。隣でユノハも同じように笑っているのに気付いて、ますます気分が高揚する。もっと早く、もっと大きく。しまいにとうとう重すぎて、二人がかりで力いっぱい押しても重くて動きは鈍重になった。
雪玉の直径はいつの間にかユノハの首丈くらいは優にありそうだ。
「ちょっと調子に乗って大きくしすぎちゃいましたね」
「この辺にしとく? あとこの上に、頭も乗せなきゃいけないんだよね」
「そうでした。うわぁ、乗るかな? あ、でも、最後にあそこまで。いいですか?」
ユノハが指さしたのは、学園の建物の壁際で、上階の構造上庇が張り出したような作りになった一角だった。
「あんな端っこでいいの?」
「端の方が人の邪魔にならないですし。それに、あそこなら雨が降っても濡れにくいし長持ちするかなぁって」
「雨?」
言われてジンは空を振り仰ぐ。雲はまた色濃さを増して、流れる速さは変わらないけれど、今は月は霞むようにぼんやりとしか見えない。
「降るのかな? 雪じゃなく?」
「雪のせいで下からひんやりとした空気は感じますけど、風は雪が降ってた時よりなんだか温もっている気がして。降っても、さっきみたいのじゃなく雨混じりの霙になるかも。それに、天気予報だと明日は気温も上がって天気も回復傾向らしいですし、どの道、庇の下なら日陰になって長持ちしないかな」
「それもそうだね。折角作るんだから、すぐ消えたら勿体ないか」
大玉を力いっぱい汗だくになって押し転がして、なんとか目的の位置まで運び入れると、二人は再度、雪の中庭へと戻る。大玉作りで既にかなり蹂躙され踏み固められてはいるが、残りの雪をかき集めるように雪玉を作って、それこそ端から端まで回るようにしてまた転がして、どうにかこうにか、それなりの大きさになったと再度大玉の元へ。比べてみれば大玉の三分の一くらいのサイズのそれを、本体の足元まで転がして、さぁ乗せようと、抱えかけ……
「お……重い……っ」
空気を多く含んだ結晶体と違って圧し固められたそれは、同じ雪でも質量が違う。大きさこそ両手で抱えられるほどだが、見た目よりはるかに重い。
「あっ、そんな、一人じゃ無理ですよっ」
上げる途中で力尽きて落としそうになったそれを、横から慌ててユノハが支える。それで今度は二人して、せーのと抱え、大玉の腹のあたりまで何とか持ち上げると、そこに押しつけるようにして、雪玉の上を転がす要領で、それでも二人がかりでうんうん言いながら、どうにかこうにか、頭を乗せる事に成功した。
「やった!! やりましたよジンくん!!」
「はあーっ、キッついよこれ。でも良かった、なんとか乗っかったね」
二人してその場に頽れて、ぜぇぜぇと肩で息をしながら、しばらくは喋るのも辛い感じだったが、それでも達成感はひとしおだ。凭れるようにへたり込んだ雪だるまを、示し合わせたように二人して見上げ、それから顔を見交わして、どちらからともなく微笑んで頷く。
と、ユノハがおずおずと片手を、掌をジンの方に向けて、上げた。
「え、と、いいですか?」
「え? ――え?」
「えと、ハイタッチ……みたいな?」
彼女自身、あまりそういうことに慣れていないのか、遠慮がちに差し出したそれを引き戻し気味に、開いた手も指先が萎れたように力を失くしながら、それでも伺うように小首を傾げて問うてくる。
「え? あ……」
最初、何と気づけなかったジンは、その様子に彼女の手と自分の手を見比べて少し慌てた。
意味は判る。知っている。見たことがある。アルテアにいた時分に、親衛隊の者達、或いは開発局の技術者ら、部下達が、何かの折にしていた気がする。
――ジン自身はやったことは、なかった気がするが。
当時の彼は、誰かと喜びを分かつ事に、意義を見いだせていなかった。
ぎくしゃくと、手を伸ばす。それは彼女に触れると言う事でもある。だから、そういう意味でもジンは変な緊張を自覚していた。手を合わせる、それだけの事。物理的に何か起きる訳ではない。それでも触れたら何かを感じるのだ。触感だけではない、心に響く何か。
他人に触れるのはあまり好きじゃなかった。触れられるのは更に好きじゃなかった。不躾な介入はもっての他だ。閉じこもった殻の中は安全で居心地がいい。
――はずだった。
それでもユノハとの接触は、不思議と嫌悪感を覚えない。それどころか。
慣れた行為ではないせいか、妙に肩に力が入る。らしくない自分に動揺する。けれどその瞬間を酷く熱望する自分がいる。
混ざり合った不可思議な感情と共に彼が伸ばした手に勇気づけられるように、萎れかけた少女の手が力を取り戻す。細い指先が伸び、ジンよりずっと小さな手が、とん、と軽く掌に当たって弾けた。
とても、ささやかな感触。
でも瞬間、内側で大きく喜びが弾けた。
満足したように、目の前の少女が笑み零れる。それを見るジンも自然と表情が緩む。
一緒に、そう。成し遂げた喜びに、彼女は歓喜している。それが伝わってくる。
そうして自分も同じように感じてると、彼もまた。
分かち合う喜びを、今のジンは知っている。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA