【ジンユノ】SNOW LOVERS
小さな雪だるまを、大きなそれに並べて置いて、二人は改めて仕上げに取り掛かる。
元はユノハが作り始めていた雪だるまだが、大きい方のサイズは当初の予想をはるかに超えていて、頭まで乗せた状態だと彼女の手がその上に届きにくい事が判った。
「大丈夫です。さっきもほら、こうやって」
ユノハは、雪を運ぶのに使っていたバケツをひっくり返すとそれを踏み台にして上に乗った。確かにこれなら手は届く。だが丸くてでっぷり肥ったタマだるまの前では、高さは充分でも距離ができる。バケツの上という狭い足場で、さらに前屈みにならなければ作業できそうになく、その姿勢は見ていても不安定で危なっかしく、結局ジンが大きい方、ユノハが最初の小さい方の顔の造形を担当する事になった。
雪像づくりは初めてだが、自分は手先も器用な方だし、この程度雑作もない、と、ジンは思って安請け合いしたのだが、いざ取りかかると意外なほどに難航した。雪で形を作るのが難しい、というより、思うように作れないのだ。考えてみたら機械設計とはまた異なる、この手の造形それ自体がジンは初めてだった。単純な形にもかかわらず、何度やりなおしてもどうにも納得いかず、首を捻っていると、足元に屈んでいたユノハが「できたっ」と声を弾ませて立ち上がった。
「え、もう?!」
「ジンくんの方はまだで……」
「あっ、待ってよまだ……っ」
ジンは慌てて背に雪だるまを隠そうとしたが遅かったようだ。立ち上がりざま、大タマの方に視線を向けてきたユノハの言葉が尻切れトンボに消えた。
ジンに隠れた大タマは、手直しの甲斐もなく、目と目の間が歪に離れた珍妙な様相を呈していた。ジン自身、直せば直すほど酷くなっていく気がしていたところなのだ。
「これはそのっ、し、失敗だからっ! 手直しの途中だからっ」
慌てて言い繕うジンに、絶句して動きまで固まったと思ったユノハが、瞬きを再開してジンを見た。
「えっと、個性的でいいと思います。これはこれで……っ」
必死に庇ってくれるのはジンにも伝わるが、ある意味逆効果だ。更に口惜しい事に、ちらりと見やった足元のユノハ担当の小さな雪タマは、ジンのそれよりよほど可愛くできていて、しかも手まで作ってあるようだった。完全に負けている。
「いや……無理しなくていいよ。どうせどう見ても下手くそだし。ごめん、折角の大きな雪だるまなのに。君に任せときゃよかった。僕が手を出したのが間違いで……」
少し憮然として、雪だるまの上に乗っかった目玉の盛り上がりを再度取り払おうと、伸ばした腕はユノハによって止められた。
「駄目っ! 下手とか、そんなのどうでもいいの。折角ジンくんが……ジンくんが作ってくれてる事に一番意味があるんです」
そこには何が縋るように必死な瞳の彼女がいて、ジンは呆気にとられた。
「けど……かなりこれ、不細工だよ? 手伝うから、やっぱり君が最初から作った方が」
「不細工だなんて。ジンくんの個性が出てて、いいと思います」
「個性、ねぇ……あんまり嬉しくない個性だなぁ。タマに全然似てないし」
「そ、そんな事ないです。でも気になるなら、目のとこにもう少し雪を足してみたらどうでしょう? ちょっと、頭全体に対して目の大きさの比率が小さいのかなって気もしますし」
「……なるほど」
そう言えば最初に目が大きすぎて失敗したので、意識的に小さくしてしまっていたらしい。ジンは足元の雪だまりから雪をひと掬いして、目の部分に足して手直しを試みた。
「こうかな?」
「あ、いい感じです。内側に雪を盛れば、間隔も狭まって一石二鳥ですよ」
「それもそうか。うーん……こんな具合かな……」
手のひら全体で押し固めるように形作り、指先で雪を払ったり削ってみたり、いつになく真剣な表情で挑むジンを、ユノハが目を細めて見つめる。視線を感じて、ジンが彼女を見下ろした。
「へ、変、かな?」
てっきり雪だるまの出来具合を見守っているのだと、ジンはそう思ったのだ。
ユノハはゆっくり首を横に振る。
「さっきのも悪くないけど、もっと良くなったと思います」
「そうかな」
それで少し、距離を置いて出来栄えをチェックしてみる。成程、確かにさっきよりは幾ばくかマシにはなった。なったがまだなんというか、どことなくおかしい。強いて言えば、今度はどことなく強面に見える。目が据わっているとでもいうか。どこか怒っているような、不機嫌なような。そして全体的にいささか歪だ。
ジンが思わず腕組して唸る横で、ユノハはうんうんと機嫌良く頷いている。
「なんだかちょっと硬派な雰囲気のタマですけど、これはこれで素敵だと思います。個性的で」
個性的とは何とも都合のいい言葉だ。そんなんでごまかされないぞ。そうは思うものの、ユノハが満足げなのでジンもこれでいいか、と思えてきた。
「あっ、そうだ」
と、ユノハがくるりと背を向けて、かと思うと近くの植え込みの前に屈み、なにやらごそごそしはじめた。何かと思えば、手に何か握って戻ってくる。
「えへへ、ちょっぴり貰っちゃいました」
それは低木の細い枝数本で、ユノハは更に、そこに付いている葉っぱや分岐してる枝先などを取り払ってなるべく真っ直ぐに伸びた形に整える。
「それ、どうするの?」
「最後の仕上げ、です。ほらこうして……」
ユノハはさっき持って来たバケツをひっくり返して踏み台代わりに上に立ち、大タマの顔の両頬の辺りにその細い枝を二本づつ刺した。
「ほら完成!」
なるほど、髭、という訳だ。
「へぇ、すごいやユノハ。少々歪でも気にならないくらい完成度増して一気にタマっぽくなった気がする。ありがとう」
「ふふっ、そうですか? ジンくんもありがとうございます。お陰で思ってた以上の素敵な雪タマだるまができちゃいました。しかもふたつも!」
どちらからともなく微笑み合って、手のひらを相手に向けると、今度は迷うことなく示し合わせたように小気味よい軽い音を立ててハイタッチ。ユノハの唇から、鈴を振るような楽しげな声が零れて、それを見たジンも嬉しくなって、知らず小さな笑い声を漏らす。
「お疲れさまでした」
「うん、ユノハも。お疲れ様」
惜しみない笑顔を向けてくるユノハは満足げで、それだけでもジンは柔らかな気持ちになれた。それに、百点とまで行かなくても、やり終えた満足感のようなものがじんわり満ちてくる。最初の雪玉を作る労力にしても、造形で試行錯誤したことも、苦労した分だけ喜びも湧くというものだ。
「あっ、そうそう。枝、折っちゃったこと内緒ですよ?」
「あ、うん。秘密……ふたりだけの、秘密だから」
小さな秘密の共有と、二人だけの共同作業。そのどちらもが、二人をより結び付けてくれるように感じて、ジンはどぎまぎしながら頷いた。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA