【ジンユノ】SNOW LOVERS
改めて、少し雪だるまから離れ、二体並んだそれを、やっぱり二人並んで眺める。
「大きいのもあるし、この顔立ちからしてこっちのタマだるまさんは男の人っぽいですね」
「男って、タマって元々雄じゃないの?」
「あっ、失礼な。タマは女の子なんですよ。ジンくんに言ってませんでしたっけ」
「初耳……縫いぐるみに性別あるとかそもそも考えもしなかったけど、なんとなくどっちかっていうと雄っぽいかなと思ってた。髭あるし」
「お髭は猫さんだからです! もうっ、タマあんなに可愛いのに男の子と思われてただなんてショックです」
今度はユノハが唇を小さく尖らせた。
「ごっ、ごめん、悪気はないんだ、タマは可愛いよ、うんっ! ちょっと変――いや、個性的だけど、でもすごく可愛い」
個性的、とは全く実に便利な言葉だ。ジンは再度、しみじみと思った。
「――それに、こっちのチビタマは、僕のと違って実際可愛いよね」
失言をごまかすように、ジンは脇へ回り込んで大タマの隣に並ぶ、綺麗に仕上げられた小タマの前に屈んだ。改めてユノハ作の雪タマを見ると、これが悔しい事に予想外にできがいい。小さいから可愛い、という事もあるが、顔立ちも実際可愛らしくできていて、いかにもユノハが作ったのだという風情があった。その上、なんとご丁寧に、胸の前でクロスする形で手まで作られていた。腕に何か抱いてる。
「ユノハすごいなぁ、腕まで作ってるんだもんね。思ってた以上に上手いし、全然敵わないや」
「そ、そうですか? 何だか照れちゃいますぅ」
「並ばせると差がつくから、正直ちょっと悔しいけど、まぁこれはこれでいいか。いかついけど、その分大きいからちょっと貫禄ある風に見えなくもないし」
一人で作ったのなら大きさの点で自慢できたかもだけど、と、ジンが自嘲すると、またユノハが猛烈に反論する。ジンがいたからこその大タマなのだ。
「大タマさんだって充分ハンサムさんですよ。――それにしても、こうして大小並ばせると、まるで親子みたいですね。お父さんと娘?」
「親子? ――その発想は出なかった」
どうも、ジンは子供という存在にいささか鈍い。周囲に子供なんていなかったし、自分が小さかった頃の事にしても、懐かしむ気持ちが湧かずに、むしろ意図的に思い出すまいと忘れてきた。大きくなって自分の置かれた立場を知れば知るほど、自分の存在が虚構に塗れている、そんな気がして。
だから今も、親子とか考えるよりも。
「僕はむしろ、カップルかと……」
「カップル?」
言ってしまってから言わなきゃ良かったとジンは思った。自分が担当した大タマとユノハの小タマは言ってみれば代理人だ。自分達がそうであればいい、なんて根にある想いがつい言葉に出てしまった、それを見透かされやしないだろうかと、気恥かしさで俯き加減に視線を逸らす。
「……そう、ですね。その方がいいな」
けれどユノハは同意して、頷いてくれた。
「ああ、けど、だったらもう少し、背を高く作ってあげれば良かった。並ぶと凸凹カップルさんですよね」
「そんなことないよ。小さくて可愛いからいいんじゃない。護ってあげたくなると言うか」
「ふふっ、じゃぁ大タマくんは小タマちゃんのボディガード? だからちょっと、厳しい貌してるのかもですね」
ジンは小タマの愛嬌のある顔から大タマに視線を戻した。小さな彼女の横に並んで強張って見える顔。
「……違うよ。あれはきっと照れて緊張しちゃってるんだ」
自分と同じように。
ぼそりと、聞き取れないほど小声の呟きは、けれど雪の静けさの中で思った以上にはっきり聞こえてしまったらしい。え、と呆けたようなユノハの声がした。それから少し沈黙。
二人とも黙ってしまうともう、闇の中の仄白い世界には本当に音がなくて。
目の端にとらえたユノハは、なんだか自分と同じに視線を外して、伏し目がちに恥じらうように見えた。
隠したはずの想いを、やはり見透かされたのだろうか。それともはなから隠す事などできてなかったのか。何故って今の自分の中にはこんなにも、ユノハで満ちているのだ。
知られても、構わない。そう思うのに、同じくらいに気恥ずかしくて、ジンは思わず天を仰いだ。黒い空は今は月を隠し、けれどかろうじて雲が流れていく早さが判る。月明かりさえ消えるほどにまた厚い雲が覆い、そこからふいに、常夜灯の光を受けて白い羽毛のような淡雪が浮かび上がり、舞い落ちてきた。ひとひら。少しおいてまたひとひら。
「そんなに緊張しなくたって」
不意にユノハが雪像の前にしゃがみこんだ。小タマの交差する腕のあたりを指先がなぞる。それで改めてジンは、小タマがその腕に何か抱えてていた事を思い出した。同じく雪で作られた、胸に押し付けているかのような、あれは、あの形は。
「それってハート?」
そう訊ねたのと、
「きっと、小タマちゃんは大タマくんのこと、大好きなんですよ」
ユノハが続けた言葉が重なった。
「え」
聞き返す言葉が、二人して重なる。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA