【ジンユノ】SNOW LOVERS
そうやってはしゃぎながら、雪の中を転がるようにジンの前を駆けていたユノハが、急に前方に何かを認めてハッと足を止め、突然90度方向転換した。いったい何が、と、追いかけざま見て、そこにジンはさっきユノハと雪玉を押して描いた文字があるのを認めた。中庭の、少し端寄りの位置につけられた、ハート形の軌跡。ここだけは、以降雪玉を転がす中でも、今、雪合戦で走り回ってる時も、避けるように踏み込んでいなかったから、暗い中の微かな明かりに、白い雪についたハートの道がほんのり浮かび上がって見える。
――ああ、そうだ。これは心の、そして愛の象徴でもあるんだった。
思わず足を止め、遅い認識と、明らかにこれを残そうと動いたユノハの行動の意味に少しばかり混乱していると、右のこめかみに軽い衝撃が来て、次いで冷たい濡れたような感覚を覚え、ジンは反射的に声をあげ、一瞬立ち竦んだ。
横からユノハが雪玉を当てたのだ。
思わず小さく唸りながら、髪についた雪片を振り払う。
「やったな!」
振り向きざまジンも雪玉を投げるが、それはあっさり避けられた。
「勝負の最中にぼうっとしてるからですよ? ふふ、ジンくんもう後がないですよ? あと一回で、私の勝ち、です」
そう言いながらも、まるで待っててくれているかのように、ユノハは少し離れた位置でジンに向きあうように立ったまま動かない。
カウントは、9対8。
「……いいんですか? 勝っちゃいますよ、わたし」
瞬きする程の間をおいて、ジンはにやっと口角をあげた。
「良い訳ないでしょ。こう見えて、負けるのは嫌いなんだ」
ユノハから視線を外さないまま、既に二人がだいぶ踏み荒らした雪の庭の、それでもまだ足元に残る雪を、ジンはさっと掻き集め、雪玉を握りながらユノハへと駆けだす。それを待って、ユノハもジンに振り返りつつ彼から逃げた。追いながらジンが狙って投げた雪玉は、ユノハに屈んで躱された。
「残念でした、そう簡単に当てられませんよ。お願い、何にしようかなぁ?」
「言ったね。絶対勝ってみせるから、ユノハの方こそ覚悟しなよ」
そう言って、ジンはユノハとの距離をぐんと縮めた。近ければ近いほど、的は外しにくくなる。ユノハも条件は同じだが、逃げてばかりで彼女は雪玉を手にしていない。ジンの方は更に隙を見て二つ、雪玉を握って抱えていた。これが二つとも当たればジンの勝ちだ。
「ほら、反撃しないならこっちから行くよっ」
あと数歩で手が届きそうなほどユノハが近くなって、絶対外さない、そう自信を持ってジンは雪玉を投げる。避けようとした、それはユノハの腕に当たって砕けた。
「きゃっ」
「ほら当たり! これでタイだ、あと一回!」
ユノハはそのまま大人しく当たるのを待っていてはくれず、慌ててまた木の陰に隠れようとした。そうはさせるかと、追撃で投げた雪玉をぎりぎりで躱し、だがそれはユノハではなく彼女が身を翻したせいでその背後にあった木の幹に思い切り当たった。たいした衝撃ではなかったはずなのに、おそらく積もるままに降る雪を枝葉に載せていたその木は、ぎりぎりでその荷重を支えていたのだろう、雪玉が弾けるとふるりと枝が揺れ、そこに積もった雪を音立てて雪崩させた。
ユノハの上に。
「きゃああっ!」
「ユノハっ!!」
思いがけない大惨事に、ジンは慌ててユノハに駆け寄った。ユノハは大量の雪に塗れて木の陰にへたり込んでいた。驚いたのだろう、ぎゅ、っと目を瞑りふるふると頭を振って被った雪を払いのけている。
この様子なら大したことはなさそうだと、ジンは少し安堵しつつ、ユノハに手を差し伸べる。
「ユノハ、ごめんね。怪我とかない?」
「だ、大丈夫です。吃驚しただけ……」
ユノハが差し出された手を取って立ち上がりかけた時、何のタイミングか、遅れて第二波が来た。つまり、上の方の枝から下部の枝に落ちて、一度はそこに留まったかに見えた雪の残骸が、垂り落ちた。
「うわぁっ」「きゃあっ」
二人はそれをもろに被ってしまった。とっさにユノハを守ろうと、握っていた手を引いたジンは、そのままバランスを崩し背後の雪に尻餅突く形で座り込んでしまう。
ユノハを抱えるようにして。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA