学パロ時京・お花見
翌朝、綺麗に空は晴れ上がった。
例のTシャツを着て、上に綿無地のシャツを羽織る。さすがに4月初めの気候に、半袖のTシャツ一枚では心もとない。
シャツのボタンを全部締めて柄を隠したい誘惑を、必死に抑え込む。
姿見にうつる自分の姿を見て、時雨は今日何度目かの溜め息をついた。
「いっそ雪でも降ってくれりゃなあ…」
ぼやく声を耳聡く拾い、袴姿の臣が玄関先に現れる。
年若の五本刀衆に剣の稽古でも付けていたらしい。手にした手拭いで顔を拭きながら、玄関越しに空を眺めやった。
「この春はもう雪は降りませんぞ。星を見、風を読めば明らかなこと」
「わーってるよ。愚痴だ、愚痴。流せ」
「京一郎殿とお出かけですかな。ほほう、これはまた斬新なご衣装で」
「うるさい。ほっとけ」
にやり、と臣が笑い、時雨の背中をぽんと叩く。
この年上の腹心は、たまにまるで兄貴のような目つきをして笑う。
「ほれほれ、そのように仏頂面をしておられては、どんな衣装かなど関わりなく楽しい道行にはなりませぬぞ。せっかくの好天、楽しんでおいでなされ」
「…まあな」
「では、いってらっしゃいませ」
「行ってくる」
さては、昨日の乙若との話を聞いていたのか?
こいつは、どこまで知ってるのかよく分からない時がある。もしかしたら隠すすべもなく、自分のことは全てお見通しなのかもしれない。
深々と頭を下げて仰々しく見送る臣の姿に苦笑しながら、時雨は玄関を後にした。
待ち合わせは最寄駅の前だった。隠すのも癪だ、と晒した胸元に周りの視線が集まっているのは気のせいだ。きっとそうだ。
約束の時間を過ぎても、京一郎の姿は見えない。いつもなら、時間に大分余裕を持たせて来るのが常であるのに。
――何か、あったか。
微かな不安が頭をかすめる。とりあえず連絡してみようとスマフォを手に取った時、その声が聞こえた。
慌てて走り寄ってくる足音、弾む息遣い、そして自分を呼ぶ声。
「ご、ごめん時雨!待たせてしまって!」
「いや、大して待ってない。…そんな急がなくても大丈夫だぞ」
顔を紅潮させて走ってきた京一郎を見て、思わず軽く吹き出してしまう。
はあ、はあ、と息をつく姿からして、だいぶ長い距離を走ってきたらしい。
「ほんとにごめん。出がけにお茶をこぼしてしまって、着替えしたりしてたから」
「大丈夫かあ?ほんとお前はうっかり…、って、お前」
「え?」
「その服」
京一郎は薄いグリーンのシャツに、生成りか白のような色合いのTシャツを重ねている。
何の変哲もない、いつもの京一郎のごく普通の格好だ。普通すぎる。
あの柄が、ない。
「ああ、Tシャツ?そう、それが濡れちゃって」
からっ、と何の屈託もなく京一郎が笑う。
「あー…そう…」
「ごめんね、時雨はちゃんと着てきてくれたのに…ふふ、やっぱり可愛いね」
「可愛いか…そうか、そりゃよかった…」
「時雨?どうしたの、具合でも悪い?」
やや虚ろになった時雨の目を、京一郎が心配そうに覗きこむ。
その様に仏頂面をしていては、楽しい道行にはなりませぬぞ――最前の声が聞こえてきた気がして、慌ててかぶりを振った。
「いや別に。なんでもない」
「…そう?本当に?」
「ああ」
京一郎の目を捉え、にっこり微笑んで見せる。
折角の花見、黄色い生き物のせいで台無しにされてたまるものか。
「よし、行くぞ」
「うん!」