【ジンユノ】花びら一枚の記憶
僕がぽかんと口も利けずにいると、母がそれに気付いて「違った?」と訊いてきた。
「いや……違わない。多分それ。って言うか、何で判ったの?」
「何でって、幼稚園上がってからも時々見てたみたいで、話してくれた事あるじゃない。夢に出てくる女の子のこと。ママ、あのお姉さん誰か知らない?って逆に尋ねられたりして。それ聞いて、ああ、ちっちゃい時分のあの癇癪は、ひょっとしてこの夢の事かぁって、お母さん納得してたのだけど」
いや、確かに夢の女の子がリアルな知り合いだとばかり当時は思っていて、両親にも誰か知らないか聞いた覚えはある。だけど随分昔の話だし、尋ねたのは一回きりだったはず。
「……よく覚えてたね、そんな事」
「そりゃあ母親だもの。子供の成長に関する事はなんだかんだ、覚えてるものよ。特にうんと小さい頃の事なんかは自我が固まらない内は忘れがちだから、本人よりもっと覚えてるんじゃないかしらね」
「そんなもの、なのかな」
でもやっぱり凄くないか? 自分の事じゃないのに僕より詳しく覚えてるとか。
僕は何とも言えず、ごまかすように紅茶をすすった。母はそんな僕に構わず続けた。
「小学校上がってからそういう話ししなくなったから、母さんも今の今まで実は忘れかけてたの。子供の夢だし、ごめんね、夢なんか色んな情報がごちゃまぜになってできあがってるものじゃない。だから気にするほどの事でもないし、もう見なくなったのかと思ってたんだけど……」
ああ、やっぱりそうだ、判ってなんかもらえない。僕はそう思って、小さく唇を噛んだ。声が尖る。
「そーだよ、どうせただの夢だから。母さんもそう思ってるんでしょ、ホントにあった事である訳じゃない、僕が作りだした幻だって」
でも母は、これには慌てたように首を横に振った。
「ああ、違うのよジンくん。そういう事じゃなくってね。うううん、昔はそうかなって思ってたけど、でも、違うんでしょう?」
「……判んないよ、そんな事。判んないんだ、自分でも」
僕は首を落とし、カップを両手に抱えるように俯いた。紅茶の赤い色が透けて底が見える。微かに揺らぐ赤い水面に反射する光をただ見つめていた。
馬鹿馬鹿しい。ただの夢の話なのに。ただの夢にしたくない。ただの夢じゃないから。言葉にすればそんな感覚だけ身の内で木霊する。でも、論理立てて話しようもない。出口がなくて暴れる感情は、母からさっき聞いた、行くあてもないのに走りだした幼児の頃と、何一つ変わってない気がした。
「ね。話してみない? もう一度、夢の話。前に聞いた時は、確か、外国の人みたいな髪の色の緑の目のお姉さんって、そう言ってたんだけど、当たってる?」
問われるまま、嘘や言い逃れをする気力もなくしていた僕は、そうだと素直に頷いた。
「目とか髪とか、日本人離れしてるんだけど、顔立ちは、よく考えたらちょっと不思議な感じ。白人系っぽいけど、どことなくエキゾチックというか、何系の人種か正直よく判らない。でも目がくりっとしててすごく可愛い。年は、当時の僕にはずっと年上のお姉さんだったけど、多分今の僕とそんなに変わらない年頃だと思う。いや、まだ少し上くらいかな。――夢はいつも同じで、だから夢の女の子も年取らないからさ」
「ずっと同じ? 全く変わらないの? 気のせいじゃなく」
「変わってない、と思う。見る度またあの子だって思うし。あと、シーンも変わらない。……なんかさ、突拍子もないんだけど、ロボットの操縦席みたいなとこにいるんだ、僕ら。あ、僕も今みたいな子供じゃなくて、多分それのパイロットっぽい。女の子を膝上に乗せてて、それで――その子が泣いてるんだ……」
僕は聞かれてもいない事までべらべら喋っていた。半分やけっぱちだったのかもしれない。どうせ信じてもらえない、ただの夢だとそれで終わる。いっそキッパリ誰かにそう否定されてしまえばいいと、どこかでそう思ってしまったのかもしれない。
「ジンはその女の子に逢った事あるんだって、ちっちゃい頃の話じゃ、そう言ってたけど。知ってる人のはずだって」
「そうだよ。そんなはずないんだけど、そう感じるんだ。夢見たからじゃなく、これは記憶だって、いつかどこかで体験したって――」
言いかけて、自嘲してしまう。
「馬鹿馬鹿しいでしょ。だから、こんな話、したくなかったんだ――」
「繰り返し見るなんて、不思議な夢ねぇ。それ、ひょっとしたら生まれる前の記憶かもしれないわね」
「――え」
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA