【ジンユノ】花びら一枚の記憶
「……ホント言うと、絶対ただの夢じゃないって……前世なんじゃないかって、考えたんだ。でも、過去なら何時なのか、そんな昔にあの機械とか、あり得ないし、判らなくなって」
「そうねぇ、不思議よね。でもほら、判らないわよ? 失われた古代文明、とか、あったのかもしれないじゃない。えーと、なんだったかしら、アトランタ…アデランス?」
「ひょっとしてアトランティスとかムーとか言いたいの?」
「あ、それそれ、そういうのよ。記録や歴史には残ってないけど今以上に発達した機械技術があったのかも。ジンはそういう超古代に生きてた人だったのかもしれないわよ? うわぁ、それがほんとならすごいロマンよね!」
「……そりゃあそういう古代文明はお話しとしちゃ聞くけど、実際にはかなり、考古学的にみても胡散臭い情報だよそれ。今は調査技術も発展してそこそこ信頼もおけるし、それで判明してきてる事から考えても、人類の発生からこっち、そこまで跳び抜けた発展と衰退があったとか、ちょっと考えられない……」
「あら、だとしても、地球が誕生してから今までの全てが解明された訳じゃないじゃない。人間なんてちっぽけな存在なのよ、過去も未来も、ミクロもマクロも判らない事だらけ。それともジンは、そういうものが絶対存在しなかったって、証明できるの?」
「それは……限りなく可能性が低い、ってくらい?」
「ほら、ゼロじゃないでしょう。というか、多分誰も非実在の証明もできやしないのよ。過去を見に行けるなら別かもだけど。だったらあったかもしれないじゃない」
「あったかも、ねぇ……」
正直僕は、この時母の勢いに少し呑まれていた。僕自身の話だったはずなのに、母の方が何故か妙に乗り気で僕の夢を肯定しようとする。だから僕はそんな母に便乗して、誰にも言えなかった疑問を全部ぶつけてみた。
「でも、さ。それだけじゃないんだ。夢の中の言葉も変だし……まぁ、これは仮に古代文明があったとして、言語も違ってたってだけかもだけど。ただ、当の女の子が、なんていうか、人の遺伝子ではあり得ない髪の毛をしてるって言うか……頭の上の方が赤くて下半分が金茶って具合に途中で色が変色する。しかも、ただの赤毛じゃなく、こう、紫のようなピンクのような、ちょっと変わった感じの色で。昔、その話をしたら、兄貴達に「アニメかなんかのキャラじゃないか」とか言われたし。確かにそれも一理あって、想像でしかあり得ない風ではあるんだ。だから僕が無意識に作りだした非実在の子だっていう可能性だって……」
「だったら人じゃないんじゃないの?」
「は?」
母の答えは変化球すぎて、僕の想像を軽々とび越える。
「何いってんの、あの女の子は間違いなく人間だよ。実在の! 化け物とかじゃ……」
「違うわよ。ああ、そうね、人工的な存在とか、そういう可能性もあるのかしら。でも私が言うのはもっと単純で、つまり私達と遺伝情報が違う――地球外の存在かもって事」
「……ちょっと何言ってるか、判んないんだけど」
「鈍いなぁジンくん。つまり宇宙人よ。よその星の人」
真面目に聞いてた僕は机に突っ伏しそうになった。何で話が過去生の夢から宇宙人に飛んでくんだ?
「そんなもの、本当にいるかどうかも……第一、あの子だって髪の色が変わってる以外は何の変哲もない普通の人間で、だからこそ僕は記憶の断片なんだとそう確信してたんであって……っ」
「そこよ。確信してたんでしょう? だったら可能性として考えられる全てはきっと正しいのよ」
母はまるで動じない。母の説はどこまで行っても夢物語の域を出ないトンデモ論のはずなのに、真っ直ぐ僕を見つめる瞳には、僕と違って迷いがない。応じる僕の方が、しどろもどろになっていた。
「可能性って、言われても。突拍子なさすぎでしょ」
「そうかしら。ねぇ、真実は勿論、判らないわよ。けど、例えば私達と外見にほとんど差のない知的生命体がこの広大な宇宙のどこかにいるのかもしれないじゃない。そこは文明も地球以上に発展していて、ジンが夢で見たような機械もあるのかもしれないわ。或いは、次元の違う世界、なんかが存在してるのかもしれない。ジンはかつてそこで生きて、夢見た女の子と出会ってた。これなら説明つくんじゃないかしら。どう?」
「いや、どう? とか言われても返答に困るよ母さん。なんていうか、夢を肯定する結果を導くために強引に状況を捏造してるとでもいうか、でたらめもいいところで、そんなの誰も信じない……」
「でも完全な否定もできない。違うかしら」
「――それは……!」
違わない。広大な宇宙のどこかに、知的生命体がいないと断言する事は現状誰にもできないだろうし、宇宙の外がどうなってるのかも判らない。異世界は流石に言い過ぎだろうと思うけど、それでも全否定する根拠もない。母の言う通り、この世は判らない事だらけなのだ。人類は知恵を働かせて、色々な事を解明し、今も探索し続けているけれど、それでもなお。
「……そういうの、屁理屈っていうんだよ」
うまく切り返す事もできなくて、視線を逸らしてぼそりとそう呟く僕に、母は身体ごと乗りだすように手を伸ばしてきた。なに、と思う間もなく、額から髪を掬いあげるようにして頭ごと撫でられた。わしゃわしゃと。
「ジンは頭がいいものね。だから、余計な事色々考えすぎちゃうんでしょう、きっと」
「……何するんだよ、母さん……」
憮然として文句を言いながらも、どこかで母の手は優しくて、正直癒される気がして払えなかった。
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA