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【ジンユノ】花びら一枚の記憶

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 僕は浮き上がってた腰をどさりと椅子に沈めて俯いた。そして考える。
 僕はただ、あの子が泣くから。泣きじゃくって僕を呼ぶから。

「――泣いてるんだ、夢の中で――多分、僕のせいで」

 夢の中で、あの女の子の顔が泣きそうに歪む。涙にくれた必死な声が僕に向かってかけられる。言葉が判らなくても、何を言いたいのかは伝わってくる。

「あなたのせいで? じゃぁ、泣かせた事を謝りたいの?」

 顔をあげた僕に、真剣な、厳しいくらいの表情で母が訊く。僕の目の奥を、嘘偽りを建て前を見抜くいつもの眼差しで見つめてくる。その視線に誘われるように、僕は僕の真意を見極める。
 謝りたい。確かにそれも、あったかもしれない。でも、それよりも、ただ泣かないで欲しい。
 あの子の涙を見たくない。

「僕は――あの子に笑っていて欲しい。笑顔が見たいんだ。彼女の傍で」

 すると母はにっこりした。
「ジンはいい子ね」
 そう言ってまた身を乗り出されて頭をくしゃくしゃにされた。それからまた背をしゃんとのばして座り直し改まる。

「前世の記憶を持つって言う事は、ジン、多分前に生きた過去の自分の人格を、その精神を、今の人生に持ちこんでしまうってことだと思うの。
 要らないって言うのはそこでね、貴方はまだ幼くて十年ちょっとしか生きてないからピンと来ないかもしれないけど、人間って、生きてる間に知らず心に癖や歪みが生まれてしまうものよ。どんな人でもね。
 悪いことばかりじゃなくて、例えばコツコツ積み重ねた経験は、それは貴重なものだし生きる為の知恵になるわ。誰かと育む愛も友情も、とても貴重で大切な事よ。そういうのを持ちこせないのは、だから残念に感じるかもしれない。
 でもね、凝り固まった信念や、知らずに身に宿してる偏見や差別意識、物の見方考え方、執着、そういうものは、新しい場所で新しく生きる命には不要、むしろ邪魔にしかならないわ。
 経験には、嫌な思いも含まれる。誰かを、何かを好きになるなら、必ずどこかに別の何かや誰かを嫌ったり苦手と思ったりする心が潜んでる。プラスとマイナスは完全には切り離せないの。人によっては消しようのない憎悪を抱え込んだり逆に自虐の念に駆られる事もあるでしょう。
 再生のためにはそういう一切を一度捨て去る必要があるのじゃないかと母さんは考えるの。だから人はなんにも知らない無垢な心で生まれてくるのよ」

 母はまるで説法でも語り聞かせるように言う。尤もらしく聞こえるその説に、けど感情に揺れたその時の僕は素直にはなれなかった。

「……毎回消されて書き換えられる記憶媒体なんて、都合のいい消耗品みたいだ。使う人がいるならそれは便利なものかもしれないけど、この場合利用者は誰さ。神様? 冗談じゃない、だったら何のために人は生きるんだよ」
「さぁその答えは自分で見つけるしかないけど。でも、母さんはジンくんが言うように消耗品だとは考えないわ。誰かの為じゃなく、結局は自分の為の人生だもの。記憶としては残らないかもだけど、やっぱり何かは積み上げられてるじゃないかしらね。仏教的な思想で言えば、徳っていうのかしら、そんな次の人生を豊かにしていくためのもの。前の人生も、今の人生も、広い意味では全部自分なのよ。生きてる間は邪魔だから忘れてるけど、ひょっとしたら死後に還る場所では全部覚えているのかもよ」
「……死んでから思い出しても意味ないよ。それか、中途半端に残るくらいなら全部消去されてたら、今みたいにどうしようもない状況に悩まなくて済んだのに。僕の夢の記憶は、じゃぁ、バグみたいなものってことじゃないか」
「そうとは限らないんじゃないかしら」

 考えもって、母が続ける。

「これは母さん自身の例え話だけど、聞いてもらえるかしら。お兄ちゃんたちの事よ。今度こそいいお母さんになろうって思った話をしたわよね、さっき。それってきっと、残念ながら前はいいお母さんじゃなかった、ってそういう事になるでしょう? 何があったのか肝心な事は、母さんさっぱりだわ。大人になる前に事故や病気で亡くしてしまったのかもしれない、自分で育てられずに他人の手に委ねたのかもしれない、或いはろくに食べさせてあげれなかったとか、虐待してた、なんて可能性もあるわね」
 僕は驚いて母を見た。
「母さんに限って虐待とかあり得ない……」
 しかし母は、僕の驚きごと平然と過去の可能性を受け流す。
「そんなの判らないわよ。だって今の私じゃないし、第一覚えてないんですもの。前の私なりに、理由なり事情なりがあったんでしょう、でも、なんにも思い出せないし判らないわ。ジンくんと同じね」
「僕と同じ……?」
「でも母さん、それでいいと思うの。だってね、例えばそうね、何かひどい事をあの子たちにしてしまったとして、罪悪感や後悔の念に囚われたまま、それをそのまんま今の人生に持ってきたらどうなるか。申し訳なかった、とか、恨まれてたかもとか、幸せにしなければ、とか執念のように思いながら育てられて、あの子たちの為になると思う? そんなもの、百害あって一利なしよ」
「……よく判らない……」
「そうね、もう少し身近な例で言うなら、例えば子供を事故で失えば、事故に対する記憶が恐怖になって、少しでも危険な遊びから遠ざけようと躍起になるかもしれない。病気なら、ちょっとした事ですぐお医者さんを頼って薬漬けにしてしまうかもしれない。これは実際にある事よ。前世の記憶なんかじゃなく、自分の子供に実際起きたら、以降、その事に対して慎重になると思うわ。傍で見てたらやり過ぎな位。そういう人を実際知っているわ。でも行き過ぎればどちらも子供に対する過干渉で拘束よ。そういう事を、前世の因縁でそのまんま持ちこんでしまえば悪影響だって、これなら判るかしら」

 なんとなく僕にも、母の言わんとしている事が判ってきた。新しく生きる為に前の記憶が邪魔になると、その意味。けど。

「でも、覚えてる……」
「そうね。多分、とても大事だったから、ほんのひとかけらだけ、神様が残しておいてくれてるのじゃないかしら。想いをね。母さんの場合は、いいお母さんになろうって、そういう想い。他の記憶はないからこそ、細かいしがらみは取り払って、ただ純粋にいいお母さんになりたいなって、そう思えたわ。まぁ、これは別に前世とか関係なしに母親なら誰もが思う事かもだけど、なんていうのかな、あの子たちを見た時に心に誓いが生まれたの。母さんにとっては、やっぱり特別な事だったのよ。それともうひとつ、とても嬉しかったわ。喜びが二重になったみたいに。多分あの時、前の人生での心残りが解消されたのかもね」
「ひとかけらの想い……僕も?」
「そうね。さっき言ってたじゃない。笑っていて欲しいって。笑うのは、楽しい時や幸せな時でしょ。ジンくんはその女の子を、特別な誰かを幸せにしてあげたいって、生まれながらにそう思っているのじゃないかしら。それって凄い事じゃない?」
「そんなに凄い事なのかな。泣かれるよりいいってだけかも……」
「そんな事ないわよ、凄いわよ。だって、自分より他人の事を考えるってなかなか高度な事なんだから」