【ジンユノ】花びら一枚の記憶
「ね、母さん。僕のエピソードはないの?」
ひとまずの悩み相談が落ち着くと、僕は改めて母の感じた縁に興味を覚えて訊いてみた。
「ジンの?」
「そう。兄さんたちと父さんの時は縁を感じるような閃きがあったんでしょ。僕だけ何もなし?」
「あら。ひょっとして焼きもち?」
「そ……そんなんじゃないけど」
少しばかりがっかりした気分をごまかすようにそっぽを向くと、ふふ、と母が笑う声がした。
「ジンの場合はね。私より父さんが呼んでいたかもね」
「呼んでいた? どういう事?」
「お兄ちゃん達もそこそこ育って、もう一人くらい産んでもいいかなって、考えてた時にね。上が男二人の双子だし、次は女の子がいいかしらって、母さん的にはなんとなくだけど思ってたの。そしたらね、父さんが『もう一人息子を作らないか』ってね。子供を、じゃなく、息子をって、断言したの。別にあの人自身に前世の記憶があるとか聞いた事もないし、まぁ、そういうこと思いつきも考えてもいなかったでしょうね。でも逆に、あまりにも自然に出てきた言葉だったから、別に産み分けた訳でもないのに次に妊娠したのが男の子だって判った時、ああきっと父さんには無意識に判ってたんだって、そんな気がしたの。きっと何時か生きた世界で、父さんはジンと繋がりがあったのじゃないかしらね。それこそ親子とか。だから今生でも、父さんは望んでジンとの縁を結んだのだと、母さんは思ってる」
「父さんが……」
父との縁とか、考えた事もなかった。前世からの繋がりとか言われても、逆に僕自身がピンとこない。意外だ、そう思いかけてふと、過剰な位僕らに構ってくる父の姿を思い出して、なんとなく納得すると同時に感動――に先だって、げんなりしてしまった。
「ひょっとして、父さんの過剰な位の子煩悩ぶりって、それに関係するのかな?」
「さぁ? ふふ、そんな嫌そうな顔してあげないで。父さんはちょっと不器用な人なのよ。まぁ、確かにお兄ちゃん達にもそうだけど、ジンは末っ子だからか更に余計に構いたがるわね、あの人も」
「でしょう? もう小さな子供じゃないんだから、いい加減落ち着いて欲しいよ……まぁ、その、迷惑だけど、別に父さんと親子なのは――嫌なんじゃないんだけど」
むしろ、縁が続いてるのだと思えば、くすぐったいけど何か嬉しい。でも。
「母さんは―――僕より女の子が欲しかった?」
少し淋しく感じながら訊いたらあっさり笑われた。
「馬鹿ねぇ、男の子だってすごく嬉しかったわよ。特にジンはそりゃあ可愛い赤ちゃんで、すっごく自慢だったんだから。それに、貴方、気付いてないかもだけど神室儀家のアイドルだったのよ、小さい頃。父さんもだけど、お兄ちゃん二人もしょっちゅうジンのところへ入り浸っては「可愛いね」だの「お兄ちゃんだよ」だの言ってベッドを覗きこんでね。大きくなったら一緒に遊ぶ、アレしてやるこれしてやる、苛めるやつがいたらとっちめてやる、悪い奴から護ってやる、まぁそんな事を舌ったらずにいっぱい語ってくれたわよ、二人して」
「兄貴らが?!……って、なんか今と扱いだいぶ違くない、それ?」
眉間に少しばかり皺を寄せ半眼になって愚痴ると、母がころころ笑う。
「まあ、大きくなって自我がはっきりしてきたらそりゃあぶつかることもあるでしょう。むしろその方が色々鍛えられていいんじゃないかしら。それにね、根本は今も変わらないわよ、二人とも。弟思いで、なんだかんだいって可愛いとか、思っちゃってるのよアレで。遊びに誘うのも、お土産とか欠かさないのもその証拠だし、すぐ揶揄うのだって裏返せば結局構いたいのよ」
「そ、そりゃあ……僕だって、兄貴らの事は嫌いじゃないけど」
「勿論、母さんもジンの事すごーく愛してるわよ」
「……知ってる」
何だか照れくさくなって、僕はすっかり冷めてしまった紅茶のカップを一気に煽った。
「でも、娘も欲しかった?」
「娘はそのうち三人できる予定だから」
「えっ、三つ子!?」
言ったら更に笑われた。
「何いってるの。貴方達が連れて来てくれるんじゃない」
「……僕らが?」
「そうよ。それも思ってる以上に早いかもしれないわね。女の子の方が男の子より早熟だと言うけど、うちの王子さま方は、上のお兄ちゃん達はもうGFいるみたいだし、一番堅物だと思ってた末っ子のジンさえ女の子の事気にしちゃうくらいだし」
「え。それってひょっとして、僕らのお嫁さんって意味?! 早いよ母さん、早すぎる! そんなの、僕考えた事も……っ」
突拍子もない事を言われて僕は思わずうろたえた。母が笑う。
「うふふ、そうね。流石にまだ早すぎる話かしらね。でも、期待して待ってるわ」
それからふと笑いを治めると、母は伏せ目がちになり、やっぱり冷めているはずの紅茶の中身をスプーンで悪戯するようにかきまぜながら、ぽつりと僕に訊いた。
「……ね、ジン。母さんは、うまく母親、できてると思う?」
「……母さんは世界一いい母親だよ」
答えると、くすぐったそうに小さく笑って、ありがとう、とそう言った。
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA