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【ジンユノ】花びら一枚の記憶

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                      ◆◆◆

 初等部からの顔触れはそのまま持ちこしでほぼ変わらないが、中等部で新しく受け入れる数もかなり多い僕らの学校は、中学受験して入ってくる新入生も一緒になって入学式は盛況だった。クラスも初等部の時より増える。だからと言って、見たところ特に目につく者がいる訳でもなし、みな一様に緊張した面持ちの中、僕は退屈な入学式が早く終われと念じていた。着慣れない制服は、やっぱりネクタイが窮屈で仕方ない。

 正直なところ、始まる前はどこかで期待していたのだ。ここ数日、毎日のようにあの夢を見るし、その夢の中での自分自身が今の僕自身と大差がないと言うか違和感があまりなく、ひょっとしたらそういう時期が来ていると言う事じゃないのかと、そう思ったのだ。
 つまり、あの子に逢えるのじゃないのかと。
 予感めいた思いに、今とは真逆に朝から元気で張り切っていたし、外から来る新入生の中にひょっとしてあの子がいて入学式に出くわす、なんてドラマみたいな状況を想像して、実はすごく緊張もしていた。
 だけど蓋を開けたら、同じクラスどころか入学式に出ている新一年生の顔ぶれを見渡したって誰もかれも似たり寄ったり、良くも悪くも今までと変わりない。僕は新入生代表で挨拶をする事になっていて壇上に立つ機会があったので、それを活かさぬ手はないと、胸を高鳴らせながら、講堂に並ぶ顔ぶれをつぶさに眺めまわして確認したのだ。けど、あの子だと判るどころか疑うような子さえ見当たらなかった。それは確かに母が言っていたように、いてもそれと気づいてないだけかもしれない。でも見つからなかったという事実には変わりない。

 自分で思ってた以上に期待感が大きかったのだろう。落胆したのと、慣れない制服や鬱陶しい式典に疲れたのとで、終わる頃には僕はすっかり不機嫌になっていた。両親と兄達(兄は二人とも生徒会に関わっていて、この日は在校生として新入生を迎える役回りと、式の手伝いに駆り出されて出席していたのだ)と一緒に記念写真を取らされた時もひとりむすっとして写った。終わった後入学祝も兼ねて家族で食事に行く事になっていたけれど、僕はとりあえず少しでいいからひとりになりたかった。

「食事って、駅前のいつものとこだよね。明日からの通学の下見も兼ねて、僕ちょっと一人で駅まで歩きたいし、いいから先に行っててよ。場所判るし、すぐ追いつくから」
 兄達は、主役の僕が来ないと食事開始させてもらえないじゃないかとぶーぶー言ってたが、母は何か察してくれたようで、
「じゃぁ少し買い物あるから、先にそれ片付けてしまうわね。そしたら時間も合わせられるでしょう? 携帯持ってるから連絡はつくしね」
 そう取りなしてくれて、ジン一人で大丈夫かと幼稚園児に対してするような心配をする父を引っ張って、兄達を連れ、車へ戻って行った。それを見送ると、僕は学校の裏門へ向かう。

 駐車場に直結していて車の出入りがある大きな道路に面した正門と違い、裏門は閑散としていた。入学式帰りの学生らも父兄たちも、たいていは表から出るので、裏門に面したさほど広くもない道に人気はまばらだ。尤もそれを見越してこちらに回ってきた訳だが。
 門から出ると、僕はふうと息をついて、首元のネクタイを緩め、それだけに飽き足らず引っ張って解いてしまうとぐるぐる小さく巻いて制服の上着のポケットに押し込んだ。ついでにブレザーの前も開けて、首元まできっちり止めていたシャツのボタンもひとつ外して着崩してしまう。学校の敷地から一歩出れば学外だし、構うものか。
 少しだけ息苦しさから解放された気がして、もう一度深く息を吸って、溜息のように吐きだした。目の前にひらひらと舞い落ちてきた花びらにタイミング良く息がかかって不規則に舞い上がる。

 裏門に続く道は、アスファルトではなく古い煉瓦敷きで風情があった。煉瓦道はかろうじて車一台通れる程の幅で、学校の敷地と反対の道の際、片方だけに申し訳程度に細い歩道が別に作られている。その境に桜が植えられていた。桜は正門にもあったが、そちらは門の両脇を飾るかのように一本づつ咲き誇っているのに対し、こちらは道なりにずらりと並木になっている。
 駅の方から学校へ続く通学路でもあるこの道は、しかし門を通りこしてさらに奥に続いていた。桜並木も奥へと連なる。この先はどこへ続くのだろう。
 眺め見ても、学校の建物以外、これといって何が見える訳でもない。学校の敷地と逆、つまり歩道の側の端は竹垣の塀が続き、その向こうは竹林の緑があるだけだ。車の通る気配も皆無で、静けさだけがあるように覗えた。

 僕は徒歩で帰る疎らな学生達に背を向け、花を見て歩くふりをしながら、駅への方角と逆の、更に人気がなくなるこの道の奥へと歩みを進めた。待ち合わせがあるし駅へ向かわねばならないことは重々承知していたけれど、少しだけ、そう思ったのだ。

 桜は満開を過ぎた散り際で、梢の上の花は少しの風に散らされて舞いあがり、はらはらと雪のように降り零れた。足元を見れば、煉瓦道のくすんだ赤に微かに桃色がかった白が疎らに模様を描いている。それでも見上げればまだ青空に薄紅の雲がかかって見える程度には花が残っていた。見頃はやや過ぎていても花見もできなくはないくらいだが、道の脇にのんびりシートを広げるほどの場所はないので花見客がいる訳でもない。
 駅とは逆に敷地の奥へと続く道には見事に誰もいなかった。好都合だ。
 僕は、狭い歩道ではなくあえて空っぽの道のど真ん中をふらふらと歩いた。学校の敷地の中にも道沿いに桜が植えられていたので、部分的に道は両側からの桜のトンネルになった。風が通ると歩道側の竹林の葉がさわさわ鳴る。今はそれに桜吹雪が加わって、目にも耳にも、なかなかに贅沢だ。でも、その時の僕はそれを楽しむ気分ではなかった。

 桜の古木が下方へと伸ばした枝に、丸い毬のような花の固まりがいくつも重なって見て取れる。よくよく見ると、その中のいくつかは既に散った後で、赤みの強い花蕊と萼だけが残骸のように花に紛れこんでくっついていた。残った花もあと数日のうちに大半が散って、これらの残骸も枝から落ちて、桜は何事もなかったかのように、今度は緑の葉を夏に向けて茂らせるのだろう。
 熟れて腐り落ちる寸前の果実のようだと思った。膿んで弾けて散ってゆくのだ。どんなに綺麗に咲き誇っても、じきにばらばらにほどけて塵となり、朽ちて消えてしまう。路面に散りばめられた咲いた桜の痕跡でさえ同じ事だ。
 散ってばらけて、もとの花には戻らない。

 僕は歩きながら、夢の事を考えていた。今朝も見たのだ。いつもの女の子の夢。
 母の言う忘却の理由も一理あると思いつつも、僕はやっぱり記憶の全てを思い出せない事を酷く残念に感じていた。あんな、記憶とも呼べないような一場面だけしか僕には残されていない。目の前の桜が散ってしまうのと同じ、僕のものだったはずの記憶は散り散りに喪われてしまったのだ。残ったのは、花びら一枚ほどの記憶の欠片だけ。それがどうしようもなくもどかしい。
 やはりもう還ってはこないのだろうか。散った花が戻らないと同じで、二度と。