【ジンユノ】花びら一枚の記憶
更に成長し、程ほどに知恵がついてくると僕は、ただ夢を待つのじゃなくあの女の子の正体を突き止めようと、そう思った。
誰だか判れば、会いに行くことだってできるかもしれない。
記憶の少女が誰なのか、心当たりがないかと訊ねても、二つ上の双子の兄達も昔からうちに入り浸ってる彼らと同級の僕らの幼馴染もこぞって「そんな女の子は知らない」と、そう言った。僕が生まれた時からずっと一緒にいる彼らが言うのだから、どうやら昔のご近所さんとか、そう言う類でない事は確かだろう。
彼らとは離れて過ごす、幼稚園とか昔のクラスメイトを疑いもしたんだけど、そもそも夢に出てくる女の子はもっと年かさだ。夢見てる時は、当たり前みたいに自分と同等のように感じていたから疑問に思う事さえ時々失念するけど、起きてる頭で振り返って考えると、明らかに自分より年上だと思われた。
それは大昔から変わらない。うんと小さな頃は夢を見る頻度もずっと少なかったから記憶もあいまいだけど、あのお姉さんは誰だろう、そんな印象を受けてたと思う。
成長した今でこそ、そうたいして年も違わぬように思うけど、その当時よりもっと昔からの夢だ。同級などであるわけがない。
でも、だったら僕だけが知るあの子と、僕はいったいいつ知り合ったんだろう。僕は改めて疑問を覚える。
そもそも、容貌からして日本人じゃない。
僕はまだ海外に行った事はないし、この国で如何にもな白人系の人種に出会う事は、少ないとまでは言わないが、決して多い訳でもない。少なくとも身近にはいない。
ひょっとして、自我も定まらぬような赤ん坊の頃の記憶かと、両親にもさり気に聞いてみたけれど、そんな外国の少女に合致するような知人もいないし、それらしい少女と出会うような出来事にもトンと覚えがないらしい。
夢について兄達に訪ねたのは、十歳にも満たない頃だったか。その話を、何故か兄達はしつこく覚えていて、何年かたった今も、僕がうっかりいつもの夢を見たと言うと決まって揶揄ってくる。
「また夢の女かよ、お前ホントガキだなぁ、そんな触れもしない女なんかなにがいいんだ? まぁ、リアル女がめんどくせぇのも判らないでもないけどな、構ってみるとそれはそれでまんざらでもねぇぜ?」
「僕は別に女に飢えてる訳じゃないから。どーでもいいし、うざいだけだしそういうの」
「んな事言ってもしょちゅう夢見るんだろ? 確か髪の色が二色の女。どーせ昔見たドラマとか映画とかの影響とか、さもなきゃアニメとかか? 二次女とかヲタくせぇ」
「うっさいよ、二次じゃないし! 第一、何かのキャラだとしても、見当もつかないって言ってたじゃないか。そういうものなら僕ら一緒に見てるはずでしょ、家族なんだから。何で僕だけ覚えてるんだよ」
「だったら学年単位とかクラス別で見る芸術鑑賞的なビデオとか? どっちみち、髪の色がツートンカラーの女の子なんて、現実的じゃないし、やっぱりアニメーションとか或いは人形劇なんかの印象が、夢の中で現実みたいな顔して化けてるのかもだよ」
一足先に中学へ上がった兄達は、さも自分達が大人だとでも言いたげな訳知り顔でそんな風に言う。
僕らはエスカレーター式の私学に通ってるけど、初等部と中等部では制服が違う。膝上ショートパンツにノータイのダブルじゃない、ロングパンツにシングルボタンのブレザーにネクタイを締めて上の学校へ通い始めた兄達は、それが嬉しいのか、このところ妙に大人ぶって、事あるごとに未だランドセルで通学する僕の事を子供扱いする。
確かに見かけだけなら中等部の制服は小学生時分より彼らを大人っぽく見せないでもない、悔しいけど。けどそんなの見かけ倒しで、中身はたいして成長もしてない癖に、馬鹿兄貴どもめ。
日本はどうしてスキップ制度とかないんだろうか。兄達の教科書を片手間に読んでしまう僕は、学力だけなら二人に負けない自信があるというのに、年齢の壁はそんな事じゃ覆せないほど厚いらしい。
早く大人になりたい。僕が大人だったら、僕の話ももう少し真面目に取り合ってくれるんだろうか。
子供の夢、と馬鹿にして本気で取りあわない兄達に声を大にして言ってやりたい。あの夢の女の子は断じて創作物のイメージから出た幻なんかじゃない、現実味を伴って眼前に現れるのだと。
しかしそう断言する根拠は、僕自身のそうだと感じる感覚でしかない。
これ以上夢の話を打ち明けて相談を持ちかけたところで、彼らの理解は得られないし、助言も期待できないと悟ると、僕は口を閉ざした。あの女の子の存在を、紛い物だと汚される気がしたのだ。
夢の話は僕の胸の内だけに収めた。どうせ、人には理解できない。
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA