【ジンユノ】花びら一枚の記憶
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「神室儀くん、ちょっといいかな」
初等部卒業式を終え解散になってすぐ、僕はクラスの女子数名に呼びとめられた。
「何? 親が来てるし、もう帰るところなんだけど」
「あの……あの、ちょっとここでは。すぐ済むから一緒に来て」
「……言ったでしょ。親待たせてるんだよ。ここじゃ駄目なのか」
「……人目があるのは、ちょっと……」
胡散臭い。思いながらもしつこく食い下がられて、僕は渋々彼女らについて講堂横の人気のないあたりへ向かった。
「それで? 何の用」
女子たちは互いに押し付け合うようにもたもたとじれったくしていたが、うちひとりが進みでてきた。
「あのね、制服のボタン、貰えないかな」
「はぁ?」
……わざわざこんな場所まで呼び出しておいて用事ってそれ?
僕はあからさまに渋面をつくってしまった。女子たちがますます腰が引けてるのが伝わるが、その態度からして気にくわない。
「あ、だってほら、別にもう着ないし、いいでしょう? 思い出に、ってやつ」
「嫌だね、なんでそんな事。それともお前ら、クラス全員のボタン集めて回ってんの?」
「そっ、そんな訳ないじゃない! 特別だから……っ、忘れたくないから」
「忘れるもなにも、エスカレーター式の私立校なんだから中学行ってもほぼ同じメンツじゃないか」
「神室儀くん、知らないの? 芳香ちゃん、お父さんの転勤で春から九州なんだよ? 離れちゃうから最後に思い出が欲しいんじゃない」
女子の一人が、別の俯いて佇む女子を庇うようにそう言った。どちらも同じクラスの女子だから名前くらいは判る。けど。
「芳香って、斉藤? でも僕、別に斉藤とはほとんど話した事もないし関係ないだろ」
「関係ないって、わっかんないの?!」
「純ちゃん、いいよ、自分でちゃんと言うから!」
その斉藤芳香が今度は前に進み出てきた。思い詰めた表情で、顔が紅い。
なんかいやな予感がする。
そう思ったら案の定。
「ずっとジンくんの事が好きでした。離れちゃうけど、あのっ、せめて気持ちだけでも……で、できたら手紙とか……っ」
……そうきたか。流石にここに呼び出されてからの流れで薄々察しはしたけど、でも学校で同じクラスで過ごす中で、そんな態度見せられたことない、というより僕に近づいてきたこともないんじゃないのこいつ。名前はかろうじて覚えてたけど、どんな子かも思い出せないような、そんな希薄な存在感。そんな女の子に好きだとか突然言われても、困る。全く嬉しくない。迷惑だ。
第一、好きとかそういうの、全然ピンとこないんだけど。
「悪いけど、僕そういうの興味ない。応えられないし、だからボタンも渡せない。ごめん」
僕は女子らに背を向けて、後ろも見ずに来たほうへもどった。背後ですすり泣く声が聞こえ、慰めたり僕を罵る声が混じったけど、気にかけなかった。勝手な気持ちを押しつけられて不愉快になってる僕の身にもなれってものだ。
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA