【ジンユノ】花びら一枚の記憶
いる訳ない、と言いかけて、脳裏に夢の女の子が浮かんだ。気になる、といえば、確かにずっと気になり続けている存在ではあるけれど。
そう言えば、当たり前だけどあの子の事は、僕は夢の中でしか知らない。泣いてる姿しか知らない。話した事があったとしても、それは夢には出てこない。僕の記憶にはないも同然で、彼女のことなんか、僕は何一つ、名前さえも知らないんだと、改めて思う。
でも違う。そんなんじゃない。別に好みだとか一目惚れとか、そういう浮ついた理由なんかじゃない。
だって僕は何度も夢であの子を見てる。何度も何度も逢ってるようなもので、知らないけど知ってる子で、だから――
だから、なんだっていうんだろう。
知ってるけれど、僕は知らない。あの子のこと、何も判らない。
「ジン? ジンくん、どうかした?」
呼ばれてハッとする。僕は足を止めていた。
「違う。理由もなく気になる訳じゃ……それに、見た目だけじゃない。優しい、子、だと思う……感じるんだ、なんとなく。判る。全然思い出せないけど」
「え?」
「……なんでもない」
母は怪訝そうに首を傾げたが、すぐ思案するように僕に探りを入れてきた。
「ひょっとして、もういるんだ? 気になる子」
「ち、ちが……」
ごまかそうとしたけれど、母は訳知り顔でにっこりする。
「思い当たる節、あったんでしょう? なぁに、母さんにも内緒なの? 誰にも言わないわよ、父さんにも、お兄ちゃんたちにも!」
「違うって。あれはそういうのじゃ……」
「照れなくってもいいのに。素敵な事じゃない」
「て、照れてなんか……っ! 第一、何で照れるんだよ、理由がないだろっ」
反論しながら、かっと頬のあたりが熱くなるのを自覚する。でも違う、照れてるとかじゃないこれは。急に変ないい方をされたから。まるで、夢で見るあの子に僕が恋でもしてるみたいに、とんでもないお門違いな事を言われたから気が動転しただけで。けど、そんなのは違う。別にそういう事を思ってるんじゃない。僕はただ、何度も夢に出てくるあの子が気になるって、それだけで。誰だか判らなくてもやもやするから突き止めたいって、泣いてるのを見るのが心苦しいだけで、それだけで……
「ジンはお兄ちゃん達と違って女友達もつくろうともしないし、アイドルや女優さんにも全然興味見せないし、かといって漫画やアニメの女の子に夢中って感じでもないから、ひょっとして女の子ってものに好奇心さえ覚えないのかと、ちょっとだけ気がかりだったのよね。まぁまだ中学生にもなってないから早すぎるだけなのかなとも思ったんだけど、どうしてどうして、ちゃんとそういう対象、いるんじゃない♪」
心なしか、ウキウキと声を弾ませる母の追及に、僕は視線を逸らすことしかできなかった。
そういうのじゃ、ない。
だって、あの子はどこまで行っても正体も判らない、夢の中の住人じゃないか。
それなのに、まるであの子が好き……みたいな。
好き、とか。そんな事。
いや。そうなんだろうか。
夢の僕は、ひょっとしてあの子が好きで、だからこそこんなに気になって苦しいんだろうか。
でも苦しいのは夢を見てる僕で。僕はあの子の事が気になって。あの子の事ばかり考えて。
僕はあの女の子が好き……? なんだろうか。判らない。
好きって気持ちが、判らない。
車でやきもきしながら待っていた父と合流して家に帰る間、僕は一言も口を利かなかった。母だけでなく、父もそんな僕を気にしているらしい事は判っていたけれど、僕は自分の思考で手一杯で、他に何も考えられなかった。
あの女の子の事が、頭から離れない。
あの子に対する自分の気持ちに整理がつかない。
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA