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今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。後篇。

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今吉は地図を取り出し、伊月を呼ぶ。そこには確かに、トンネルに沿うように細く水田が並んでおり、丁度トンネルを抜ける辺りに一軒家があり、そこには伊月が朽ちかけた表札から読み取ってきた、大川という家がある。
「大川家の屋号がイサカ?」
「そうです。」
「駅が近いな・・・・。」
「・・・トンネル・・・?」
翔一さん、と血まみれの絣を伊月は引いた。
「このトンネルって確か・・・中が・・・。」
「それか!」
この村の駐在が、村を出る際に通った、内部が崩れていたようなので危ないと、言ったのはこのトンネルではなかったか。
この長いトンネルはこの山をひとつ抜けるために長く掘られた、帝都からの長距離の中の一本だ。一番問題があって拙いトンネルも、ここだ。
「月ちゃん、ワシのステッキ使い。」
「恩に着ます。」
「着ぶくれしとき!」
「誰か、トンネル入口の付近まで来ていただけませんか。二人じゃ危ないので。先生もその足じゃご不便です。」
村の若手が数人借りれたのを幸いに、松明を焚いて貰いながら無人の改札を抜けてトンネルの前に来ると、急に空気が生臭くなった。
「月ちゃん、観えるか?」
「松明お借りします。・・・暗いですね。外は月と星が出てますからある程度行けますけど。翔一さん、ペンライト。」
「ほいよ。」
持ってるだろう出せ、というてのひらに、当然持っとるよ、と乗せてやる。
「もし外れの場合、変に崩れてガスでも出ていたら危ないので、松明は少し遠ざけて。何かあったら呼びます。大丈夫です。子供たちは絶対に見つけます。」
大丈夫、見つける、と自分にも言い聞かせ、カチンとライトが照らすレールの上を右足を庇いながら伊月は歩く。コツン、と革靴が、カツン、とステッキが、反響するトンネルの中をライトが照らしているのは今吉からも確認できるし、ある程度進むごとに光によるモールスで合図を寄越してくれる。
「このトンネル、全長どんくらいや。」
「さあ・・・山ひとつ掘ってますから・・・。」
不安に駆られて今吉が呟き、同じように一歩後ろから返答が来る。随分光が小さくなった頃、急にライトが下に向かった。
「俊!」
トンネルの中で微かに声がする。
ぱたぱたと光の粒が跳ねた。
『みつけた』
その四文字のためのモールスが、随分と長く感じた。
「おっしゃ、行くか。」
「え?」
「流石ワシの月ちゃんや。きちっとやりおった。」
信じてはいた。彼が自分を不安にさせるはずがない、独りにするわけがない。
疲弊していたが、自力で歩ける一人、衰弱しきった二人が見つかった。正確には、助かった。猿轡を噛まされていただけで夕方連れ去られたばかりの少年は伊月を見て猿轡と手足の拘束を解いて貰って、泣きながら抱きついて来れたほどに元気ではあった。あの場が明るければ、こうはいかなかった、と伊月は朝焼けを見ながら思っている。
トンネル内は糞尿と死臭で満ちていて、入った瞬間伊月も鼻が馬鹿になった。少年は、自分が伊月と一緒にトンネルを出た後に二人も出てきたのが意外そうだった。帰り道で死んだ彼女の水筒から水を貰うと急に眠たくなって眠ったらしい。そして気が付いたら真っ暗な中で独りぼっちだったという。
間隔を置くことで騒ぐ気力も抵抗する威力も落ちていき、水だけは毎日貰えたのでこの一月以内に行方をくらましていた三人は助かった。脂肪どころか筋肉も削げ落ちて酷い有様で、今後暫くは寝たきりの状態か、最悪精神を病むだろう、と伊月は告げなくてはならない。それなのに、どの親も、子供が助からなかった親でさえも、足の包帯を巻き直している伊月に礼を述べるものだから、何も言えなくなってしまった。
黒子経由で赤司に連絡してもらい、移動手段の復旧も目途がついた。
子供たちの目に入らない場所で、六体の遺体が並んだ。
一番古い遺体は、一部の肉が腐って白骨化し、眼球はネズミにでも食われたのか無くなっていた。頭蓋骨が陥没していた。
「これ、やな。」
あの村長に暴行でも受けたのだろう。そして死んだのだ。女中は精神を病んで子供を隠した。そしてまた狂う。我が子は生きている。でも殺される。だから隠す。そうして神隠しは起こった。起こるべくしてではなく、ひとつの狂気が生み出した世界へ連れて行かれた。
老婆は変わり果てた孫の姿に、言葉も無く泣いて、同じように泣いた伊月を、孫にしたのだろう様子で抱き締め、あとは燃やせ、とそれだけ言って帰った。彼女は息子夫妻の忘れ形見だった。女中も同じ日に焼かれた。
木箱の中に、井桁を組んだ上に乗せられ火をかけられた。帝都ではお目にかかれないような見事な深緑が明るい山麓の村で、よく晴れた、それはもう最高の日和に天へ上った。
その煙を眺めながら荷物を整頓しつつ、傷の様子を見ると、どうもやっぱり思っていたより酷かったらしくて少し膿んで微熱が続いた伊月の隣には、絶対に今吉が同じように寝転がっていた。
「無理するからや、ボケ。」
「性分ですー。しょうがないしょうぶんー。」
「いつものキレが無いでー。」
「無茶振るなばかー。」
そんな風に、夏虫の鳴く縁側で、井戸で冷やした西瓜を食わんか野菜を食わんかと村人もこころ尽くしてくれるものだから、なんだか離れがたかったり、相変わらず、つきちゃんつきちゃんと子供達にはモテたり、年頃の子には愛想を振りまいただけで真っ赤になられたりして、今吉としては面白いんだが面白くないんだかの数日は、本当にあっという間だった。
随分長くを休んだ事で級友には訝しがられ、籠球仲間には怪我でどやされ、黒子にも貸しひとつ。
「おめぇ、何悪運づいてんの?」
「うるさい。んなもん要らん。」
花宮と罵詈雑言のキャッチボールもやっと日常に帰ってきたなぁ、なんて感動が迷子な伊月である。
「一つ二つ学んだか。」
今回の総合報告書を受け取って斜め読んだ今吉は、今日も今日とて華の帝都に似合わぬ絣の単に寄れが残った袴で所長のデスクに坐しながら、銀座で買ってきてやったコーヒーゼリーを幸せそうに来客用ソファに座る伊月に問いかけた。正確には、そう思ったから口に出した。月ちゃんは誉めて伸ばす子やから、なんて考えながら。
「どうでしょうね。つかなんで青峰に渡す報告書を俺が書いてんですかしかも添削待ち。ねー翔一さーん。」
「ねちねち言うんやない、女々しい。」
「女々しいおめめ。キタコレ!」
「きもいわ!」
学んだ、と言えば嘘になる。でも、学んでない、と言っても嘘になる。子供は知りたがりで、年寄りは悟っていて、一回窮地に立ったひとはいざというとき強くて、強いと思っていたひとこそ本当は弱くて。
コーヒーゼリーの二つ目をひも解いて、ミルクを指してスプーンを差し入れる。
「ワシの奢りやぞ、それ。」
「翔一さんは赤司と料亭行ったほーじゃないでふかー。」
「何で知っとん!?イーグルアイ超進化やん!!」
「黒子情報。これは花宮さんで、翔一さんの分は黒子に貰っていきますね。残りイッコはー?」
「はいはい可愛い可愛い月ちゃんに捧げましょ。」
「やったーい。」
「棒読み!!」