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遊戯王LS novelist ver.

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 ヒールを鳴らして歩くのは、この屋敷で二人しかいない。ヘレンとストラ。
なぜだかこの子供のことを双子に知られてはいけない気がした。
 空気を乾いた振動が過ぎる。それが、ぴたりと扉越しに止まった。
(気づかれたか?)
 一瞬あせるが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「嫌だわ。ランプが切れかけてるじゃないの」
 廊下の明かりの不具合に、足を止めただけらしい。声の主はストラだった。ほっと息を吐く。
「やっぱり適当に作った人形は駄目ね。……あのこを……する時には……もっと……しなくちゃ」
 遠ざかりながら断片的に聞こえてきた独り言に、ぞっと背に冷たいものが走る。何の話だ?
 しばらく様子を見た後、扉の前から完全にいなくなったことを確認してから、アタシは立ち上がる。
「ここにずっといるわけにもいかねーな。おい、ガキ。お前ここから出られるか?」
 暗闇だと逆に感じない姿のない違和感を、なんだか皮肉な話だと思いつつ、アタシは問いかけた。
(「部屋の外?」)
「ああ。ここじゃ誰と会うかわからない。移動するぞ」
(「どこに?」)
「アタシの……」
 部屋、と言おうとして、思い直す。皮肉たっぷりに笑ってアタシは続けた。
「ぶち込まれてる檻の中。まあ、夜に中から鍵が開かないのを除けば、ここよりは快適だと思うぜ。」


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「アタシはネロ。ネロ・マルティニ。……正式に養子になったらマウリツォになんのかな。ま、どうでもいいか」
(「ネロさん?」)
「ネロでいい。さん付けなんかされたことないからな。くすぐってーよ。」
(「……うん、わかった」 )
 部屋へ戻ると、日はすでに暮れかけていた。オレンジ色の明かりをつけると、
アタシはベッドに腰掛けて天井を見上げる。
「お前はー……えーっと、名前も思い出せないんだっけか?」
(「うん……」)
「不便だなあ」
「ご、ごめんなさい……」 
「別に謝らなくてもいーけどよ。他になんか覚えてることねーの?」
 しばらくして首が疲れてきたため、アタシはごろりと背中から仰向けにシーツに沈み、続ける。視界に天井。
(「覚えてること……俺は、二人兄妹のお兄さんだった。下には小さい妹がいて、
強くて優しい父さんと、怒ると怖いお母さん……」)
 日が完全に落ちて、使用人が運んできた食事も下げ終わり、がしゃりと部屋の鍵が閉められるまで、
アタシたちは話をし続けた。主に取り留めない思い出話をしているのは姿のない子供の方だったが、
ネロはどうだった? と振られるたび、アタシもそれに応えて自身の些細な記憶を話した。
 五歳の誕生日の話。母さんがなべを焦がして危うく家が火事になりそうだった時のこと。
父親が用意してくれたデュエルディスクはもらった当時まだ大きすぎて、十歳になるまでつけられなかったこと。
 話しながら、不思議なほどに穏やかな気分になっていることに気づく。
最近では思い出すこともなかったその記憶は、はるか昔の暖かな存在を蘇らせ、
その温さと降る子供の柔らかな口調はアタシの思考をゆっくりと鈍らせていく。
(「それで、妹はすごく喜んでね、……ネロ?」)
「……うん」
 声がずいぶん遠くから聞こえる。柔らかいシーツの感触。
そういえば身体がないということは、感覚もないんだろうか。
それはなんだか怖いなあとふと考えたところで、アタシの意識は深く眠りに沈んだ。

 起きると、子供の気配は消えていた。
「夢?」
 にしては、覚えてる記憶はひどくリアルだ。
 両目をこすり、ベッドから身を起こした。カーテンから零れる朝日がまぶしい。
窓を開け、アタシは部屋を見渡す。
「おい、ガキ、いるか?」
 天井に向かって声をかけると、かすかに空気の振動がありカーテンが風向きと反対にふわりとゆれた。
(「お……おはよう。ネロ」) 
 控えめな声が降る。幻聴ではなかったらしいことになんとなく安堵し、アタシは応えを返す。
「おう。昨日は悪かったな。いつの間にか寝ちまったみたいでさ」
(「ううん、色々話せて嬉しかった。なんだか、前より思い出してきてるような気がする。……ありがとう」)
「別に。アタシはなんもしてねーよ」
 あくびをしながら洗面所に向かう。そういえば昨日は風呂にも入ってないと思い出し、
歩きつつワンピースの前の止め具を下ろす。と、
(「わああああっ! ちょっと! ネロ!!」)
「んにゃ?」
 慌てる声に歩みを止め、見上げる。悲鳴のような子供の叫びが降って来た。
(「俺まだここにいるんだよ!?」)
「うん、知ってるよ。話してんじゃん」
(「う、わかってるなら急に着替えださないでよ。言ってくれれば俺また廊下出るから!」)
 また? 一瞬思案し、もしかして、とアタシは問う。
「もしかしてお前アタシが寝てから、夜中じゅうずっと廊下にいたのか?」
(「だって、ネロは女の子じゃないか!」)
 必死な様子でそう言ってくる声に、アタシは呆れ顔で返す。
「ガキが何言ってんだよ。変な奴だな、お前」
 ずいぶん純真なことだと、心の底から感心する。
スラムのガキどもなんて隙があれば挨拶に乳やら尻やら触ってきたのに。(もっともその後、
泣いて謝るまでボコりはしたが)
(「うう〜、だめだめ! とにかく、俺、外出てるからっ」)
 若干涙声のそれに悪戯心が沸き、アタシは天井ににやにやと声をかける。
「とか言ってこっそりここで覗いてたりして」
(「俺そんなことしないもん! もー! ネロの馬鹿バカばか! 俺しばらく他のとこ行ってる!」)
「わっ」
 部屋の中に一瞬風が巻き起こり、空気を揺らす。収まった頃には、言葉の通り子供の気配は掻き消えていた。
「おーい、……本当に出てったのかよ。おもしれー奴」
 苦笑しながら、アタシは洗面所の扉を開けた。


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 マウリツォからの連絡が付いたと呼び出されたのは、昼を過ぎたあたりだった。
 無駄に広い応接室。まだ外は明るいというのにきっちりと閉じられたドアは一切の光を届かせず、
等間隔に備えられた薄ぼんやりとしたろうそくの明かりだけが室内を照らしている。
息苦しいのは、きっちりと閉められた襟元のせいだけではないだろう。
 格式ばった椅子に座らされながら、アタシは何度目かのため息と共にほうづえを付く。
 アタシを呼びつけた双子の姿はまだ現れず、すでに半時が経とうとしていた。
 子供はあれから出てきていない。もちろん、反応はないとはいえ使用人が控えているこの場所では、
話すことはできなかっただろうが。
(どこまで行ったんだか……)
 まさか迷ってないよなあと思わず天井を見上げたところで、重々しい扉が不快な音をきしませて開いた。
「お待たせいたしました。お嬢様」
 優雅にお辞儀をしてストラが笑う。にっこりと。
「お嬢様にお聞きしたいことがありますの。隠さずお答えになってね? でないと」
作品名:遊戯王LS novelist ver. 作家名:麻野あすか