遊戯王LS novelist ver.
両腕を背に隠したへレンが、かわいらしく首をかしげる。
「あなたの大切なこの子達がどうなっても知らないわよ?」
右手には、ひとまとめのカード。
扇のように指で広げて、絵柄を見せる。それは、
「アタシのカード!?」
がたりと椅子を鳴らし、立ち上がる。
その反応にストラがくすくすと笑い、ヘレンが呆れたようにため息をつく。
「テーブルマナーも守れないの? お嬢様。お席に着きなさい。まだ質問を口にしてもいないわよ」
「な……何言ってんだよ! 返せよ! アタシのデッキ!」
うろたえるアタシに、応える赤い眼は氷のように冷たい。カードを持つ手が、近くの蝋燭に近づけられる。
「座りなさい。今すぐ灰にするわよ」
「……!」
ゆらゆらと、不安定にゆれる炎が双子に深い影を引き纏わせる。
乱暴に椅子を引き、腰を下ろすと、アタシは双子を睨んだ。
「質問って、なんだよ! お館様とやらから連絡が着たんじゃないのか!?」
そもそもそれを伝えるための呼び出しだったはずだ。
声を荒げるアタシに、ストラがまた笑う。
「そうそう、素直な方がかわいくてよ、お嬢様。……ええ、お館様からようやく連絡が来ましたの。
……私達も待ちわびましたわ」
そう言って、ストラが後ろから両の腕をヘレンの肩に絡ませた。
細い指がアタシのカードをゆっくりと撫で、ぴんと軽く弾く。
次いでへレンが口を開いた。
「それで、いくつかお嬢様に関して確認するように命じられたのよ。
……お聞きするわ。あなたのお父様のカードはどこ?」
「は?」
一瞬質問の意味が理解できず、アタシは間の抜けた応えを返す。父さんのカード?
「……お館様はそのカードに御執心なのよ。でもこのデッキにはなかった。どこに隠し持っているの?」
隠し持つも何も、アタシが子供の頃から一緒のカードは、
デッキに入っているギルフォード・ザ・ライトニングしかなかった。
あとのカードは、母さんの死後に一から組みなおしたデッキで、
そもそもアタシは父さんのカードなんて入れてない。
「何言ってんだ? 意味がわかんねーよ」
訝しげにそう応えれば、三日月に歪む四つの瞳。くすくすと、小さな唇から声が漏れる。
「……そう、じゃあ、知らないって事でいいかしら。……良かったわねストラ。
これで新しいおもちゃが作れるわよ」
「そうですわね、お姉さま。……じゃあ、もうこのカードたちも不要」
ストラの指がすっと、アタシのデッキから数枚のカードを抜く。
軽やかに舞うようにステップを踏んで後ろに下がると、種でもまくようにばらばらと床に零した。
「! 何すんだよ、てめえ!」
今度こそ、椅子が床に転げるのもかまわずアタシは二人の下へつかつかと進む。
「返せ! アタシのデッキ!!」
「言ったでしょう? もう不要だと」
アタシの怒りにもまったく臆せず、ヘレンが応えを返す。
凍る眼のまま、アタシのデッキから一枚を適当に抜いて、眺めた。
「こんな低レベルのデッキの何が大切やら」
偶然か、選んだのか、その一枚こそがアタシのエースカード。指が動く。ゆらめく蝋燭の炎へと。
かっと怒激情が心を占め、アタシは大股に一歩を踏み込み、手を伸ばし叫んだ。
「そのカードに触るなあっ」
ヘレンの手からデッキを乱暴に奪い取る。ばらばらと何枚かが宙を舞い、
バランスを崩したへレンが床に転がった。
「……っ」
「ヘレンお姉さま!」
駆け寄ろうとしたストラを片手で制し、ヘレンが無表情にすっと立ち上がったのを、アタシは見ていなかった。
取り戻したそれを胸に抱き、床に散らばったカードたちを拾う。へレンが口を開く。
「ストラ、お嬢様はどうやら少しお勉強が必要みたいよ」
かつかつとヒールが床を蹴る音。執行者のように優雅に。そして冷酷に。
「……ええ、そのようですわね」
二人の靴音がぴたりと重なる。アタシを囲む輪を縮める。
双子に前後に挟まれる形となり、ようやくアタシは二人の異様な静けさに気づく。
見上げた。ヘレンの赤い人形のような目と重なる。ガラス玉が三日月に笑い、途端、
「がっ……」
後頭部に衝撃を受けて、アタシはそのまま前にのめった。背後からストラの笑い声。
「馬鹿ですわねえ、こんなろくでもないデッキの為に。私達を怒らせて」
「まったくね」
続いて正面から右頬に衝撃。わざわざ硬いヒール部分で凪いでくれたせいで、口の中が切れ、
一瞬止まった呼吸の隙間からぼとりと赤く零れる。
「……っ!!」
「ねえお嬢様、私達が貴女みたいな下賎な者に形だけでも仕えてあげていたのは、
お館様の命令があったからなのよ。そしてお館様の目的は、貴女がお父様から託されたカード。
でも、この下賎なデッキには見当たらなかった」
囁かれ、握り締めていた手ごと、一度踏みつけられた後蹴り上げられる。カードが今度こそバラバラに散る。
「しかし低級な戦士族ばかり、よくこれだけ集めたものね。ある意味感心するわ」
言い返そうと上げた頭を背後のストラの手が再び床に引き倒す。ごり、と頬の骨の当たる音。
華奢な少女の手のはずなのに、どうやっても解けない。
「先程のカードはどれだったかしら……」
かつかつと、ヒールのリズム。処刑人のように冷酷に。それ以上に軽やかに。
無駄だと思いつつもアタシは祈ってしまう。お願いだ、どうか見つかりませんように。
「ああ、これね」
びくりと肩を震わせ、間近に迫った床から目を離さずにいると、ぐいと髪を引っ張られた。眼前にカード。
「あ……」
「ギルフォード・ザ・ライトニング。戦士族の中ではなかなかの攻撃力だけど、
星八つでこの程度じゃあたいして強くもないわよねえ……」
「お姉さま、可哀想ですわよ。本人を目の前に」
くすくす、くすくす前後から笑い声。もがくが、動けない。悔しさに歯噛みするこちらを十分に堪能した後、
へレンが本当にはひとかけらも笑っていない三日月のまま、ささやいた。
「このカードがそんなにお大事? お嬢様」
その呼び方はもはや白々しい。黙って睨み返すと、淡白な視線で言葉を続けた。
細く華奢な指が両手でカードを持つ。小動物をくびり殺すような優雅さで。
「やめろ……」
「カードの場所を教えなさい。どこにあるの?」
「知らない。「ビアンカ」だった頃の持ち物は全部処分した。父さんのカードなんて」
「う・そ」
ぐっとカードを摘む手にに力が込められる。思わず叫んだ。
「やめろ! そのカードに少しでも何かしてみろ!どんな手段を使ってもお前らぶっ殺してやる!!」
嘘じゃない。本当に、あの頃から一緒のものなんてこの体ひとつと、それから、このカードだけだ。
父さんが残したそんなカードなんて知らない。アタシが残したかったのは、忘れたくなかったのは。
「あら、ひどい言葉」
へレンが汚いものでも見るかのように吐き捨てた。
「良家のお嬢様にあるまじき口調ですわね」
ストラも呆れたようにため息をつく。うるさい、これがアタシだ。ビアンカなんてとっくの昔にいない。
ずっと一人で戦ってきた。スラムのネロ。ただそれだけだ。
「……しろよ」
「? 何ですって? よく聞こえなかったわ」
作品名:遊戯王LS novelist ver. 作家名:麻野あすか