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リンがため息をついた。
「……まあ、いい。おまえが、俺が嬉しくなるようなことを言ったつもりなのはわかった。完全に間違った方法だったけどな」
そう言ったあと、リンは妙に真剣な表情になった。
その眼差しを受けて、見つめられて、ハルカは黙って見返した。
リンがふたりのあいだにある距離を詰める。
唇にリンのそれが重ねられるのを感じた。
どうしてリンがしたがるのかわかる。気持ちいいのだ。
キスをして、少し離れて、またキスをして、そのあとしばらくおたがいなにも言わず、ただそばにいて、体温を感じていた。
離れがたい気がした。
どれぐらい時が過ぎたか、やがてリンがボソッと帰ると告げた。
リンが立ち上がったので、ハルカも立ち上がり、窓のほうへ歩いて行く。
窓のそばまで来た。
「またな」
リンは屈託無く笑った。
それから、リンは部屋を出て行った。
ハルカは窓の下を無表情で眺める。リンが壁を器用に降りていき、やがて着地した。
道に立ったリンは窓を見あげた。その眼がハルカを見つける。
リンはハルカと眼が合うと、嬉しそうに笑い、元気よく手を振った。
どうしようか迷ったが、ハルカは手を振り返さなかった。けれども、たぶん、表情は揺れてしまっただろう。胸が締めつけられたような、変な気分になった。
リンは視線をハルカから道へやり、走り出した。
帰って行く。
ハルカは窓を閉めた。
そのあと、部屋の中のほうを向くと、地図が眼に入った。リンが持ってきた地図だ。
またな。さっきリンが言った言葉が、その声が、ハルカの耳によみがえってきた。
このあと寝て、朝になって起きて、学校に行けば、またリンと会う。それを想像しながら、ハルカは地図を片付けた。

いつものようにハルカは近所に住む幼なじみのマコトと一緒に学校に行った。
ハルカとマコトの通う初等教育を受ける学校は街の有力者の寄進によって設立され運営されている。
朝の清らかな陽ざしを浴びている中庭の横の回廊を進み、やがて教室に入った。
すでに来ていた生徒たちの雰囲気が妙だ。何人かで集まった輪がいくつかできていて、話をしている。それ自体はめずらしくはないのだが、話している様子に明るさがない。
なにかあったのかとハルカが思っていると、マコトが輪のひとつに話しかけ、ハルカの心の中の疑問をそのまま声に出したように質問した。
その輪を作っている生徒のひとりが答えた。
早朝、宮殿からの使いらしき立派な身なりをした者たちが足の速そうな馬に乗ってこの街にやってきてリンの家に向かったのが、目撃されたのだという。
リンの家に向かった集団の中には豪華な馬車もあったらしい。
「それって、リンの家を高貴な方が訪ねたってこと?」
「さあ……」
マコトに問いかけられた相手は首を左右に振った。わからないのだろう。
馬車の中にだれかがいたとは限らない。
だれかを乗せるために空の状態で来たのかもしれない。
ハルカは自分の気分が乱れるのを感じた。
頭には嫌な想像しか浮かんでこない。こんな情報の少ない状況で、あれこれ想像するのはムダだと思う。冷静になろうと思う。しかし、どうしても胸がざわめく。
肝心のリンが学校に来ていない。
またな、と別れ際に屈託無く笑って言ったリンが来ない。
「ハル」
マコトが名を呼んだ。
ハルカはいつもの無表情でいたつもりなのだが、マコトは気遣うような眼差しを向けている。
「帰りにリンの家に寄ってみようよ」
「……ああ」
声に深刻さが出ないようにしながら、ハルカはマコトの提案に同意した。

結局、リンは学校に来なかった。
一日の授業が終わると、ハルカとマコトはリンの家へと向かった。他にも何人かの生徒が同じ方向に進んだ。
やがて、リンの家が見えてくる。邸宅、と呼ぶのがふさわしい建物である。
ハルカとマコトはリンの家へと近づいていく。
けれども、道にいた女性に止められた。
「今、行っても、中に入れてはもらえないよ」
「あの」
マコトがその女性に質問する。
「なにがあったんですか?」
「わからない」
女性は頭を振った。
「使用人が外に出てきたときに聞いてみたんだけど、なにも話せないってさ」
「そうですか……」
相づちを打ったマコトの声は沈んでいた。一緒に来た他の生徒たちもショックを受けたような顔をしている。
ハルカは無表情のままでいたが、胸のうちの空気が重くなったように感じた。
眼を女性からリンの家のほうへ向ける。
大理石が装飾に使われている上流階級の屋敷。
あたりまえのようにリンに学校帰りなどに誘われて、ハルカたちは中に入ったこともある。中は広々としていて、部屋数も多く、快適に暮らせるように工夫がされていて、あちらこちらの細やかな装飾は美しく、しかし派手すぎず、調度品も見事な物が置かれていた。迎えてくれたひとびとが温かかったので、普通に、友達の家にいる感覚で過ごした。
それなのに、今、その家はハルカの視線を跳ね返すように存在していた。
そういえば、マコトは学校で、リンの家を高貴な方が訪ねたということなのかと聞いた。
リンの家を高貴な人物が訪ねているのかもしれないが、リン本人が王族しかも王の孫という高貴な存在である。
ただ、リンがまわりにそう思わせない振る舞いをしているだけで。
本来であれば、住む世界が違う相手だ。
でも、リンは商人になって、いろんな国に行って、見たことのない景色が見たいと言った。そうハルカは思った。

ふたたび夜がやってくる。
ハルカは自分の部屋にいて、灯りを消して寝具に身を横たえていたが、眠ってはいなかった。
考えないでおこうと思うのに、いろんなことが頭に浮かんできて、意識が薄らいではいかない。
それに、待っていた。今夜は来られないだろうと冷静に告げる声が自分のうちにありつつも、心は少し期待していた。
このまま、眠れないまま朝が来るかもしれない。
睡眠せずに起きる時間帯になっていつも通りの日常生活をこなさなければならないのは、体力があるほうであっても、避けたい。
だから、やっぱり、どうにかして眠るべきだ。
そうハルカが判断したとき。
窓を叩く小さな音が聞こえてきた。
ハルカはハッとした。
心が震えるのを感じた。
「ハル」
ひそやかに呼びかけてくる、リンの声。
それが聞こえてきたときにはもうハルカは身体を起こしていて、寝台から離れ、窓のほうへと向かう。
そして、窓を開ける。
慣れた動作でリンが窓から部屋へと入ってくる。
リンはなにも言わない。
いつもと雰囲気が違う。
ハルカもなにも言わず、部屋の中のほうへと引き返した。
ランプの置かれている場所に行き、灯りをともした。
静かだ。
普段から無口なほうのハルカはもちろん、普段はよく話すほうのリンも黙っているから。
ハルカは振り返った。
リンが少し離れたところに立っている。堅い表情をしている。
その顔をハルカはじっと見る。
なにがあったんだ。そう眼でたずねる。
胸の中の空気は重い。リンの様子から、良くないことが起きていて、それをこれから知らされるのだろうと予感していた。だが、良くないことであっても聞きたい。
ハルカの視線を受けて、それでも少しのあいだ黙り続けていて、ようやくリンは口を開く。
「王宮から使いが来た」
明るさのない乾いた声。
作品名:♯ pre 作家名:hujio