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こらぼでほすと 秘密9

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 確かに、ふたりきりだし、ママは何か異変に気付いた。言ってもいいのだろうか、と、口を開きかけたら、リジェネが戻って来た。レイの様子を見て、顔色を変えた。
「レイ、ちょっと来て。早くっっ。」
「こら、リジェネ。」
「いいから、ママは寝てて。レイに話があるんだ。」
 そう言うと強引にレイの腕を掴んで脇部屋の外へ出た。それから回廊を駆け下りて台所まで走った。リジェネには、レイが言おうとしたことは解っている。そんなものは言ってはいけない。また、ママがダウンしてしまう。
「何事だ? リジェネ。」
 そこまで来て、レイは腕を振り解いた。
「僕がヴェーダだということを忘れたの? レイ。きみの検査結果ぐらい、すでに把握している。きみが、ママに何を言おうとしていたのか、それだってわかってる。」 
 そこまで指摘すると、レイのほうもハッとした。電脳世界のどこにでも干渉出来るヴェーダ本体であるリジェネなら、プラントの検査結果ぐらい掌握するのは簡単なのだろう。
「だが、言わずに俺が老化を始めたら、そのほうがママは驚く。」
「つまり、きみは、ママの傍で老化して死んで逝きたいってことだよね? 」
 レイのことだから、そう考えただろうとは予想していた。だが、そんなレイを看ているママは、とんでもなく落ち込みそうだ。リジェネがママのダウンでパニックになったように、ママもそうなるかもしれない。なんせ、リジェネが怪我をしたぐらいで具合が悪くなるのだ。どう考えても早急に老化して死んでいくレイを何年も見守るなんて、ママには辛すぎる。
「ママが嘆くのは理解しているつもりだ。でも、その嘆きが俺には嬉しいことだと思うんだ。」
「それ、死ななくてよければ、そのほうがいい? 例えば、キラがプラントに本格的に戻るまで生きてママの傍に居られるなら、その後は、ママに逢わずに死んでもいいかな? まあ、そうは言っても死ぬと自覚してからの時間的には、一瞬だとは思うけどね。」
「なに? 」
「きみの本来の身体は三年後に滅びを始める。でも、身体の老化がなければ誰も、きみが滅びかけていることには気付かない。多少の劣化はあるだろうけど、それは僕がフォローしてあげる。それでよければ、あと十年は、確実にママの顔が見られる。それではダメ? レイ。・・・・ママに、きみが死ぬとこなんて見せたくないんだ。死ぬ時はプラントで死んで。ママがいないところで死んでくれるなら、僕から提案がある。」
 とんでもないことをリジェネは言っている。できれば、ママの悲しい顔なんて見たくないのは、レイだって願うことだ。でも、一人では寂しい。自分の死後、ママが嘆いて壊れてしまうかもしれない。でも、寂しいのだ。一人で眠りたくないから、それには目を伏せることにした。だが、リジェネの言葉には、そうしなくていいものがあった。死ぬと自覚してから一瞬で終わるなら、寂しいと思うことはない。
「自覚してから死ぬまでの時間は一瞬なのか? 」
「てか気付かないままかもしれない。人間の生理は、僕には理解できないものがあるからね。」
「十年も保つのか? 俺の身体は。」
「その身体は棄てないとダメ。イノベイドの素体を、きみの遺伝子情報を元に製作する。それなら寸分違わぬものができる。」
「つまり、俺をイノベイドにするのか? 」
「ちょっと違う。きみの脳だけをヴェーダで管理して、きみの素体とリンクさせる。それなら身体は滅びないし、きみもリンクしていれば、今と何も変わらない。多少、リンクが途切れることがあるかもしれないけど、その時は僕がリンクして動かせばいい。素体の脳は基本動作だけはできる程度のものにしておくよ。そうでないと勝手に自我が目覚めてしまうからね。」
「・・・つまり? 」
「きみの脳だけを取り出して培養液の中で管理する。劣化を遅らせるナノマシンを投入すれば、なんとか二十年くらいは、生かしておけるとヴェーダも保証している。・・・まあ、最後のほうは、かなり老化が激しくなるだろうから、素体とのリンクが難しくなるだろう。だから、十年くらいなら確実に、そのままの姿を維持できる。これがヴェーダが出した提案だ。」
 検査結果をヴェーダに投げ入れて演算処理させて出てきた答えが、これだった。イノベイドは劣化を遅らせるように最初から素体が調整されている。その技術を、ある程度、フィードバックさせれば、なんとかレイは、見た目そのままで十数年は活動できる。最後のほうは、脳が崩壊していく速度が勝るから、自分が死んだと気付かないまま眠るかもしれない。だから、死ぬという自覚はできない可能性のほうが高い。素体のほうは、リンクが切れた段階で、ヴェーダから指示をして姿を消せばいい。
 レイは、リジェネの説明を、ポカンと聞いていた。あまりにも、とんでもなくて一度では理解できない。ただ、三年が二十年に延ばせるのだとは理解した。
「今は、よく考えて、レイ。きみが希望するなら、その方法がある。きみが三年でいいと言うなら、僕は何もしない。・・・・できれば、ママには見せないで欲しいんだけどね。」
「・・・それ・・・確実なのか? 」
「もちろん、それは保証するよ。」
「俺の身体は・・・この身体は棄てるんだな? 」
「そう。肉体は棄ててもらわないと、このまま維持するのは厄介だ。身体がふたつあるってことになると動かす時に混乱するだろ? 」
 リジェネには肉体を棄てるということが、本当の意味では解らない。イノベイドにとって素体は取替えの利く器でしかない。だから、淡々と事実だけを説明している。


・・・・一度、肉体として滅びてしまえば・・・・


 万が一、そのままだったとしたら、レイは三年より早く死ぬことになる。人間にとって、肉体はひとつしかない。取り替えられるなんて感情が理解しない。だが、成功すれば、思っていたより長く、ママと生きていられる。なんとも甘美な言葉だろう。ママを壊さなくていい。うまくいけば、プラントでキラの手助けもできる。

「今すぐじゃなくていい。まあ、早いほうがいいけど、緊急ってわけでもないから、少し考えて。なんなら、データをレイの携帯に送ろうか? 」
「そうだな。理解してから結論は出す。」
 肉体を棄てるのは死ぬことではない、と、自分が納得できれば、なんとかなるだろう。このまま、じわじわとクスリの量を増やしても三年の壁は越えられないのだから。


 ようやく、二人が話を終えた頃に、バタンと居間の襖のほうで音がした。振り返ったら、そこにはママが襖に寄りかかって立っている。のろのろと動いて、ようやく襖を開いたらしい。
「・・・さすがに歩くのはしんどいな・・・」
 どうやら、リジェネの様子がおかしかったから追い駆けてきたらしい。ただし、速度が遅いから、話を聞くには至らなかった様子だ。ほっとしてレイが駆け寄る。
「起きちゃダメですよ、ママ。」
「・・いや・・・おまえら、喧嘩でもしてんのかと・・・」
「違います。ギルが、そろそろプラントに戻れ、と言うので、拒否して大喧嘩をしてきたんです。・・・・俺は、ママと暮らしたいんだ。そう、何度も言ったのに、聞き届けてくれなかったから・・・俺の人生は俺のものだ。誰かに指図されて従うものじゃありません。だから・・・」
作品名:こらぼでほすと 秘密9 作家名:篠義