feel you
暖色の照明に
照らし出された涼介が、
思わず息を飲んでしまうくらい
真剣な瞳で静かに澪を見つめていた。
掴まれていた手が持ち上げられて、
澪の指先が涼介の口許に宛てられる。
神聖な儀式のような光景に
こくりと、澪が小さく息をのむ。
「…本当だ」
涼介の眼差しが
いつもより熱く切ない…
「……涼介、」
その真意を知りたくて、
食い入るように澪は涼介を見つめた。
それは……
「…すみません、いいですか?」
と、お手洗いにやってきた
お客さんによって中断されてしまった。
「ごめんなさい、どうぞっ…」
澪は掴まれていた手を涼介に
解放してもらい、道を開ける。
涼介はそれ以上何も言わずに
背を向け、席へと戻るようだ。
「…涼介、先に戻ってて。
わたしはちょっと…」
お手洗いに、という前に
察しのいい彼は短く返事を返し、
後ろ手に扉を閉めて洗面所を後にした。
澪はそのまま個室のトイレに
駆け込むと、
蓋をしたままの便座に力なく座り込んで
両手で顔を覆った。
「~~~~ッ////」
自分の都合のいい勘違いなんだ、と
澪はこれまで思っていた。
優しい気遣いも、
…時おり見せる熱い眼差しも。
だけど、先程の涼介は
勘違いなんかじゃない…
「ほんとう…って…、涼介…」
ぽつりと呟いた言葉に
答えがかえってくるはずもなく、
澪はただ顔を赤くするばかりだった。
⭐
澪が席に戻ると、注文していた
料理が既にテーブルの上に
並べられていた。
「遅くなってごめんなさいっ…」
どんな顔で戻ればいいか
わからなくて…
気持ちが落ち着くまでいたら、
少し遅くなってしまった。
「具合でも悪いのか?」
心配していたのだろう…
涼介が澪の顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫!
お腹すいちゃったね… 食べよう?」
涼介に心配をかけたくなくて、
いつもより元気よく振る舞い
微笑みかけた。
涼介はまだ心配そうに澪を
見つめていたが、
振りきるように澪は明るく努めた。
「これ、美味しいっ…」
前菜が二品と、
パスタとデザートとコーヒーが
セットになったランチセットは、
見た目も鮮やかで、
味も抜群だった。
特に小海老と菜花の
クリームパスタが絶品で、
思わずうなってしまった。
「んー…、いちばん好き」
澪は今まで食べたなかで
一番かもしれないと感激して
目を輝かせて、
向かいの席に座る涼介を見た。
涼介はフォークを持った手を
止めて、こちらを眺めていた。
料理に夢中で、
澪はまったく気付いていなかった。
「りょ、涼介…?」
…がっついてるって思われた…!
そんな想像が澪の頭をよぎって、
ギクッとしながら伺うように
涼介を見た。
「ん、あぁ… 喜んでもらえたなら
良かった」
澪に声をかけられて、
コホン、と咳払いをし
視線をはずして居直す涼介に
やっぱりそう思われてしまったんだと
少々ショックを受けつつ、
澪はもぐもぐとパスタを完食した。
そのあと運ばれてきた
デザートとコーヒーを頂きながら、
お互いの仕事の話や家族の話をして
過ごした。
こんな風にゆっくり過ごす時間は
忙しい日々を送る二人には、
本当に貴重なことだ。
話の流れで話題は車のことになり、
澪は来る途中で感じたことを
涼介に話した。
「今日は駅まで迎えに
きてもらったでしょう?」
「…家まで迎えに行くと言って
いたんだがな」
「それじゃあ涼介が大変だもん」
「別に大した距離じゃないさ…」
「いいの。
わたしがそうしたかったんだから」
不服そうな涼介がおかしくて
澪は思わずクスッと笑って
カップに口をつける。
「…涼介って車を運転するとき、
すごく気を遣っているでしょう?」
「………」
「隣に座っているとよくわかるよ。
信号で停まる時や走り出す時…
無理に走ろうとしていなくて、
車のことすごく大切に考えて
いるんだなって思った…」
ゆっくりと寛いだ動作で
コーヒーを飲みながら、
澪の話に耳を傾けていた涼介が
窓辺に目を向けて微笑した。
「峠ではFCを酷使しているからな…
普段乗るときはなるべく労って
やりたいんだ」
「そうなんだね…」
テーブルに頬杖をして、
澪は窓の外に目を向けた。
FCがちょっとだけ羨ましくなった。
「…今日はお前もいたからな」
「え?」
涼介の言葉に目を瞬かせて
向き直ると、
「俺の運転が特別に感じたんなら、
それはお前が乗っていたからだ…」
「………」
平然と言ってのけられて、
澪は堪らずテーブルに顔を伏した。
どうして彼という人は
そう気障な台詞が浮かんで
くるのだろう…!
聞いているこちらが
恥ずかしくなってしまうっ
「…澪」
反応の仕方が啓介みたいな奴だな、と
澪のうちひしがれた姿を見て
涼介は思った。
心の中でひとしきり叫んで
冷静になった澪が顔をあげて
息をついた。
車のことを話している涼介は
やっぱりとても楽しそうだ。
「大好きなんだね」
愛車を見つめる涼介の横顔が
優しくで、大切な気持ちが
まっすぐに澪に伝わってくる。
ふと、口をついて出た澪の
何気ない一言に涼介が反応し、
何か考えるようなしぐさをして
「…まぁ…そういうことに、なるのかな」
そう言って、
少し照れくさそうに笑って見せた。
涼介と過ごす時間は楽しくて
気がつけば、
眩しかった青空も
オレンジ色に染まり始めていた。
⭐
時間は刻一刻と過ぎていく。
手元の時計に目をやって
心の中でため息をついた。
帰りの新幹線に乗るには
まだ時間が早いけれど、
確実に帰る時間が近付いている。
もっと、こうしていたいのに。
……もう一日。
ホテルでも予約を取ってしまおうか。
はじめからそうしなかったのは
せっかくの休日に、
自分に付き合わせてしまうのは
申し訳なく思ってのことだった。
恋人同士ならまだしも…
そんな我が儘いえない。
澪は密かに心の中で
今日何度目かのため息をつく。
「…何か悩み事か?」
どこか浮かない顔をしている澪に
涼介が訊ねる。
「ん~… そんなところ、かな」
それ以上、話したがっていないのを
感じ取った涼介が
曖昧な澪の返事に苦笑して、
…良ければそろそろ行こうか、
と切り出した。
もう駅に向かってしまうのかと、
澪が焦って涼介を見つめると
「連れていきたい場所があるんだ」
と、微笑みながら席を立ち、
澪に向けて手を差し出した。
わたしを連れていきたいところ…
…じゃあ、まだ一緒にいられる…?
帰るわけじゃないとわかり、
澪は内心ホッとした。
涼介の手を取ると、
優しく手を引かれて立ち上がる。
「嬉しい…」
涼介の笑顔に心が、
吸い寄せられるようだった。
⭐
FCは市街地を抜けて、
草木の繁る国道の奥へと走っていた。
辺りを照らす街灯が