feel you
ポツポツと数を減らして、
次第に暗くなっていく景色に
澪は少しだけ心許ない気持ちになる。
涼介と一緒にいるから平気だよと
自分に言い聞かせた澪は、
気分を変えようと涼介に話し掛ける。
「どこに行くの?」
「それは着いてからのお楽しみだ。
先に言ってしまったら
楽しみが無くなるだろ?」
行き先を教えてくれない涼介に
ケチ、と唇をとがらせて
澪は再び窓の外に目を向ける。
まだ夕日が出ていて空は明るいが、
道の両側を囲むように高い樹木が
並んでいるせいで、辺りは薄暗い。
この先に何があるんだろう…
しばらく進むと、今度は
坂道をどんどん登っていく。
「……??」
ここは一体どこなのか。
先程からこの道を行く人もなく、
それどころかすれ違う車もない。
くねくねと曲がった大きなカーブが
いくつもあって、
それを一つ曲がる度に少しずつ
高いところへ登っていく。
…いま、山に登っているの…?
涼介は何も言わないけれど、
街中を走っているときよりも
真剣な瞳をしている…
「…そんな顔するなよ」
「……だって」
気付いた涼介が
澪に視線を流して、
フッと笑って見せた。
「……こわいか?」
何が、とは聞けなかった。
ただ、行き先がわからないことだけを
差したのではないような気がした。
薄暗闇の中、澪は小さく息を飲む。
「……ううん、平気。…涼介がいるから」
夕暮れでよかった…
明るいところだったら、
赤くなったこの顔をうまく
誤魔化せなかったかもしれないと
澪は思った。
上り坂をしばらく進むと
急だった傾斜が徐々に緩み
道幅も広くなっていった。
とうとう頂上に
たどり着いたようだ。
そこには広々とした駐車場があり、
止まっている車は一台もなかった。
FCはスピードを落として
駐車場に入り、
奥に向かってゆっくり進んでいく。
少し手前に車を止めて、
涼介が口を開いた。
「さぁ着いたぞ」
「涼介、ここもしかして…」
「そのもしかしてだ」
…やっぱり。
駐車場に入る手前の標識に
見覚えのある名前を見つけて
澪はハッとした。
そう、ここは赤城山。
涼介のホームコースだ。
涼介から話には聞いていたが、
澪がここに来たのは
初めてのことだった。
ここに連れてきたかったのね。
「ちょっと降りてみないか?
見せたいものがあるんだ」
「……? うん、もちろん」
ドアを開けて車を降りると、
涼介が駐車場の更に奥へと
歩みを進める。
駐車場に街灯はあるものの
離れた場所に立てられていて、
僅かな明かりを頼りに歩く。
奥へいくとそこには
小さな展望台があった。
白い手すりの前で
涼介が立ち止まって、
後ろを歩いていた澪を
振り返る。
澪が涼介の隣に立って、
その先に目を向けると街の明かりが
一面にキラキラと輝いていた。
「っ…すごい! ……綺麗」
「ここから夜景が見れるなんて意外だろ?
東京のほうまで見える時もあるんだぜ」
腕を組んで得意気に話す涼介に
澪も嬉しくなって微笑み返す。
「てっきり、峠での走りを見てくれとか
そういうことかと…」
「まさか、…お前を乗せてやらないよ」
…やらないのね。
それはちょっと残念かも、と
澪が眉を下げて不満そうに見やると
涼介が小さく笑って、
「普通ならこわいだろ。いま来た山道を
かなりのスピードで走るんだぞ?」
「うーん… 」
間近で見たことがなくて
澪が何とも言えないでいると、
涼介はポンポンと頭を撫でて
無理しなくていい、と笑った。
「…綺麗だね…、星が落ちてきたみたい」
「それは大変だな…」
「例えばの話だもん」
たわいのない話にクスクス
笑っていると、
遠くのほうから何か
微かに聞こえてくる。
なんだろう…と、
澪が耳をすませていると
涼介は何かに気が付いたようで
大丈夫だ、と安心させるように
澪の手を握った。
「……?」
段々その音が近付いてきているのが
澪にもわかった。
もしかして、こっちに来る…?
「涼介、」
澪が言い掛けて、一際大きな
エンジン音が声を掻き消してしまう。
涼介の手を思わずギュッと握って、
澪はその腕に身体を寄せた。
駐車場の前を一台、
黄色い車が通っていった… と、
思いきや。
勢いよく擦れるような音が
鳴り響いて、
先程の派手な車が駐車場の中に
滑り込んできた。
驚いた澪が涼介の背中に
こそっと隠れながら様子を見守る。
涼介は普段と変わらず
落ち着いていて、
小動物のように怯える澪を見て
可笑しそうに笑った。
その間も黄色い車が明かりを落として、
どんどんこちらに近づいてくる。
涼介のFCに寄せて止まり、
中から金髪の男の人が降りてきた。
最初は暗くてよくわからなかったが
それは澪も知っている人物だった。
「ーーあッ……!!」
澪が声をあげたのに気が付いて
涼介が澪を見やると、
澪は何故か驚いた様子で
やってきた人物を見つめていた。
「アニキー、こんなところで何してるんだよ…
…って、…女か!?」
(その声、やっぱり…!)
街灯に照らしだされた顔を見た澪は、
「失礼な言い方しないで」
「…あっ お前!」
涼介の横に出て、
正面から見つめ返した。
「…久しぶり、じゃないか。
はじめまして…?」
驚いた様子の啓介に、澪は気分を
良くしてにっこり微笑んでみせた。
「んだよ、こっちに来てたのか…
いつ来たんだよ?」
知らなかったことを残念に
思ったらしく、啓介は
拗ねたような口調で澪に訊ねた。
「今日だよ。啓介くんは
元気にしてた?」
「んー、まぁな…」
そう言って、ニッと自信たっぷりに
笑った顔がなんとも啓介らしい。
静かに二人のやりとりを見ていた
涼介が啓介に向かって口を開いた。
「啓介、走りに来たのか?」
「ん、ああ… そのつもりで来たのによ。
着いた途端にケンタの奴がいつもの
ファミレスで飯食うっていうから
俺もそっち行こうかって……」
しかし、車を走らせたかったのか
残念そうに唇を尖らせた啓介が
涼介を見た。
「友達?」
「友達っていうか…
そうだ、お前も来るか?」
啓介が澪に提案する。
「わたし…っ?」
「明日もどうせ休みなんだろ?」
(確かに休みではあるんだけど、
うーん… )
澪はひっそりと静かな自宅を
思い浮かべて、
啓介の楽しそうな誘いに心が
揺れつつも、どうするか決めかねていると…
「啓介、…せっかくで悪いが、
俺達は予約している店があるんだ」
涼介が静かに啓介の申し出を断わった。
「…えっ…?」
思ってもいなかった涼介の言葉に
きょとんとした顔で澪が
涼介を見上げた。
啓介は澪の様子を見て、
涼介が澪を驚かせてやろうと
内緒にしていたんだな、と思い
早々に諦めた。
「じゃあ仕方ねぇな。…あ、そうだ。
今度来るときはアニキだけじゃなくて
俺にも連絡しろよ」
ぴんっと澪の額を