二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

旅立ち集 ハイランダー編

INDEX|6ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

「ええっ! ケルピーって湖の怪物でしょ! お願いだから怖い夢を見ないでよぉ!」

飛び上がるように驚くと、モリガンは母に懇願するように言う。

ケルピーとは、ハイランドのおとぎ話に出てくる架空の怪物。二本足で歩くが顔も体躯も馬に似ており、時々人間の姿にも化ける。小さな子供が好物で、気に入った子供を見つけると、湖に引きずり込んで溺死させて食べるというが、あくまで空想の生物である。


「大丈夫よ。ケルピーが現れたってことは、赤ちゃんはちゃんと産まれるってことでしょう?」

母は赤子を撫でるように、文字通り命を身籠もっているお腹を優しくさすった。

母がウィル達の弟か妹を身籠もってから、じきに半年になる。家族のなかでもモリガンが一番気にかけている。


「でも、赤ちゃんが無事に生まれても、ケルピーに襲われたらどうするの?」


モリガンはぐずるような声で訊く。

「ウィルか父さんが守ってくれるから大丈夫よ」

「ダディはともかく、兄貴は期待できないよ」

「な、なんだと?」

「心配ないわ。二人ともバカみたいに丈夫で無駄に強いもの」

「バカと無駄は余計だよ」

「そーだな。とにかく、わっちもケルピーに誘拐されないように気をつけなくちゃ」

「大丈夫だモリガン。ケルピーは可愛い子どもしか襲わないから、絶対に大丈夫だ」

母に頭を撫でられ、気持ちよさそうなモリガンに、ウィルは悪態をついて言ってやった。


「へぇ~。そうなんだぁ。って、それどういうことだよ!」

「うわっ!」

モリガンは頭から湯気が出るかのごとく怒り狂い、そして飛び蹴りを放つが、ウィルは間一髪で攻撃をかわす。


「あらあら。埃が立つから喧嘩は外でしてね」

「母さん、コイツを止めてよ!」

「待てぇ! このくそ兄貴ぃ!」

襲いかかるモリガンをどうにか捕まえると、彼女を片手で掴んだまま、ウィルは寝室から退室する。


「まったく。騒いじゃダメだろ」

「うっせーな。兄貴のせいだろ」

ウィルの脛をこつんと蹴った後、モリガンは台所にあった朝食を食卓に置いた。

献立はミルクとポテトスコーン、それから野菜と羊肉を煮込んだスープ。

残りの卵は昼食と夕食にとってあるが、すべて母のものだ。


「うん。美味しい。納得いかないけどすごく美味しい」

「なんで納得いかないんだよ……」

「モリガンも卵を食べたらどうだ。今日は多くもらえたから余るだろ」

「いらないよ。赤ちゃんが産まれたらいくらでも食べられるもん」

「偉いな。もう立派なお姉さんだな」


兄妹そろっての朝食を終えると、雨音が強烈に鳴り始めた。


「雨うるさいね。わっちのか弱い耳が痛くなるよ」

「か弱いは余計だけど、たしかにすごい音だ」

「あ~~ん。もう。耳が壊れちゃいそうだよぉ」

耳を塞ぐ妹を前に、ウィルは、なぜかふとオーウェル家での会話を思い出した。


※※※※


「まただ。またあの声だ」

怒鳴り声にしか聞こえない独り言を呟くと、オーウェルは鳥達の世話を止め、耳をすませた。

今年で七十を迎えたが身体は衰えを知らず、健康そのものだった。

雨音の隙間をぬうように、歌声は確かに聞こえる。海鳴りや雨風とも違い、歌声はもっと耳障りで、耳にするだけで腹底まで深く入り込み、何かを訴えてくる。

しいていえば、感情が宿っている。


「だとすれば、歌い手は辛気くさい娘だな……」


鳥小屋から居間に出、窓から声の方向を見る。

悲壮感に満ちた少女のような歌声は、教会堂の建つ南東側から響いてくる。


文明国からの侵略は領土や家畜だけでなく信仰心も対象だった。ハイランドには教会堂が建てられ、文明国はそこを拠点に先住民に同じ信仰心を与えようとした。


支配が終わった今では、教会堂もすっかり無人の廃墟と化しているが、声は確かにそこから聞こえるような気がしたのだ。


今度こそは聞き間違いではないと、オーウェルはメアリーを呼ぼうとしたが、彼女は椅子に腰掛けたままくぅくぅと寝息をたてていた。

どうやら編み物の途中で居眠りをしてしまったようだ。


オーウェルは再度窓へと向き直り、声をたどるように目を光らせた。

(――こんな雨の中にいるのか?)

雨はますます強まり、もやもやとした霧がうっすらと漂い始めていたが、なおも歌声は聞こえ続けた。

作品名:旅立ち集 ハイランダー編 作家名:春夏