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旅立ち集 ハイランダー編

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「ああ。俺も父さんを見習う……、って何様だこら」

悪戯に満ちた妹の笑顔を見下ろしながら、ウィルはふと思い出す。

馬小屋で見た人影は、モリガンよりも少し背が高かった、と。


雨が止んでからウィルは牛の持ち主を探した。

すぐに飼い主は――モンゴメリー家の牛だった――見つかったのだが、逃げた牛はもう一頭いるのだというのだ。


それもほんの少し目を離した隙に牛小屋から消えたらしい。

泥棒が入ったにしても、二頭同時に連れ出すのは難しく、牛が逃げたとしても二頭同時というのは腑に落ちない。


牛はどうやって小屋から出たのか。

そしてもう一頭の牛はどこに行ったのだろう。


「なあモリガン。お前は牛がどこにいると思う?」

「知らねーよ。だいたいモンゴメリー家の奴らって意地悪だし、干し肉の一つだってめぐんでくれない奴らだもん。牛の一頭や二頭いなくなってよかっただろ」

「こらモリガン。モンゴメリーさん達の悪口を言うな」

「なんだよ。可愛い妹よりも他人の擁護すんのかよ」

「痛!」

モリガンはあるものをウィルに目がけて放った。

それは彼女の三つ編みを縛るゴムのような髪紐。それを指に巻き付けて飛ばしたのだ。


「なんだよもう……」

「えへへ。飛び道具だ」

言いながら、モリガンはもう一方の三つ編みの髪紐を解いた。少しくせのある長髪が肩にかかる。


「今朝のゲンコツのお返しだぁ。可愛い妹の頭を殴りやがって、このくそ兄貴」

「可愛いとくそは余計だ。いいかモリガン。モンゴメリーさんは優しい人達だったんだ。ずっと昔、軍隊に入った人が戦死して、それで冷たくなってしまったんだって、母さんが言っていた」

「そうなの?」

「お前が生まれる前さ。俺も昔よく遊んでもらったから、あの家の人のことは知っている。悪い人に見えても事情があるんだ。だからモリガン。上辺だけで他人を判断しちゃダメだ」

「……わかったよ」

「それから、他人を傷つけるようなことを言ってもダメだぞ。自分の身を守る為にも」

「わ、わかったってば!」

「総じて正義であれ、だ」

「はぁ。またそれか。聞き飽きたよ……」


呆れたように言うと、モリガンはなよなよと腕に頭を沈める。

――総じて正義であれ。

父や族長から何度も聞かされた言葉だ。

ウィルやモリガンだけでなく、ハイランダー全員も知っているが、モリガンにはそれを信じる者の心理がわからなかった。


「そういえば母さんは?」

「もう寝たよ」

「そうだな。俺達も寝よう」


ウィルは窓を閉め、モリガンは台座から下りた。

ウィルは次々と家の灯りを吹き消していった。

夜を照らす蝋燭はいたるところに置かれている。居間の食卓に、壁の吊り棚、玄関間の隅にと。


それらを順々に消していくと、闇の輪郭が大きくなっていく。

最後は自分達の寝室――岩壁に彫られた二段ベッド ――の灯りである。


「消すぞ」

「わっわっ……。待ってよ」


どたどたと、モリガンは上段のベッドに飛び乗る。

妹を先にベッドに入れると、ウィルは最後の灯りを吹き消し、家中が闇に包まれた。


「おやすみ、モリガン」

「おやすみ、くそ兄貴」

「くそは余計だ」

「なぁ。兄貴も将来は軍隊に入るの?」

「いや。まだ決めてない」

「総じて正義であれって言うけどさ。軍隊に行くのが正義なの?」

「え?」


唐突な問いにウィルの思考は止まった。父や族長ではなく、妹から指摘されたことにウィルは思わず身体を起こして頭上を見上げる。


「軍隊なんか、行くなよ……」

「モリガン?」

「おやすみ。兄貴」

「ああ。おやすみ」


モリガンにとって正義の意味などどうでもいい。ただ兄が軍隊に行ってしまうのが、無性に怖かった。

ウィルは目が冴えてしまった。

瞼を閉じても布団を覆い被っても寝れる気がしない。軍隊以外に、自分はいったいどんな道を選べるのだろう。見習える先輩は少ない。なぜならみんな軍隊に行く人ばかりだからだ。

自分は何をすればいいのだろう。

今まで将来のことを真剣に考えたことがなかった。


やがてモリガンの寝息を聞こえた。ウィルにまどろみがおとずれるのは、それからもうまもなくであった。


作品名:旅立ち集 ハイランダー編 作家名:春夏