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旅立ち集 ハイランダー編

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※※※※

ウィルの家は背後が湖。それを外周するように草道を進めば古城へたどり着ける。


古城はウィルの家からちょうど対岸側に建っており、半壊してはいるものの城壁と、城を取り囲む石塁は残存している。

かつてハイランドには王政があった。

王族達の起源は定かではないが、それはともかく、ハイランドにも王による統治時代が、ほんの僅かな間だけあった。

しかし文明国が霧の孤島を侵略し、ハイランドにまで進行すると、すぐに王族の血筋は根絶やしにされた。


現在は戦争時代にハイランダーをまとめた人々の末裔が、王族に代わり『族長』という立場でこの地を治めている。


主人のいなくなった無人の古城には、誰も近寄らず、風が吹けばもの淋しい音が鳴り響くだけだった。

城壁の内側には尖塔が乱立しているが、そのどれもが所々損傷している。


城門に設けられた柵状の落とし扉も朽ち果て、ぽっかりと開いたアーチ状の出入口が、まるで誰かをいざなうように広がっている。


と、城門の隅に建つ円筒状の監視塔。その頂上に二つの人影が立っていた。


一つの影が、隣の影にしきりに話しかけている。


「こーーんな素敵なお城があるなら、廃墟にいなくてよかったのに。それにしてもどうするつもりなの? せっかくの餌を取り逃がしたまま、ここで指をくわえて見るだけで満足なの?」


しきりに動く影が問うが、それを聞く相手は返答することなく、対岸の灯りの消えたウィルの家をじっと見下ろしている。


「牛一頭だけじゃ、神獣の血は静まらないわよ。あの家の住人は寝静まったようだし、我慢しないでもう一頭をぺろりと食べちゃったらどう? さもないと、暴走しちゃうわよ」


「あの家にはもう牛はいないわ。あの男の子が持ち主に返していたもの」


返答した声は、少し高めの女性の声だった。影の形は別な方よりも少し低く、華奢な輪郭を描いている。


「そうだったのね。でも、それを知っているならどうして貴女はあの家に執着するの?」

「執着?」


貴女と呼ばれた人影は、相手へ振り返る。


「そうよ。今の貴女はそういう目をしているわ」


 哀れむような相手の眼差しをしばらく見つめると、その人影はゆっくりとウィルの家へと視線を戻した。

(――執着)

言われた言葉を胸中で復唱する。

今の感情の正体は執着なのだろうか。

忘れようにも忘れられず、押し殺そうとしても押し殺せない謎めいた感情は、あの青年への執着なのだろうか。


そう思うと想像の駒が一つだけ進んだような気がした。

月夜に照らされる古城の塔上で、それからも彼女はじっと。空腹になって血が騒ぎ出すまでの間、ウィルの家を見つめ続けていた。


※※※※

翌朝。ウィルは霧中の廃墟にとどまっていた。


真っ白な霧襖が視界を遮っていても、歩きなれた一本道なら帰れる自信があるが、ウィルは霧が晴れるのをじっと待った。

早く卵を持って帰らなければモリガンも朝食が作れないだろう。そうとわかっていながら、ウィルはこの廃墟に居続けたかった。

なぜなら、ここから響き渡る歌声の主をウィルは知りたかったからである。

※※※※

日の出より早く目覚めたウィルは外出の準備を始める。

長ズボンにはき変えシャツを着ると、プラッド(マントのような肩掛け)をまとった。

プラッドの身につけ方は独特だ。


まず、床に革ベルトを置き、その上に絨毯のようにプラッドを広げる。

その上に座るようなかたちでベルトを腰に巻き付けると、プラッドは腰とベルトに挟まれて固定される。

プラッドの下半分は腰回りに巻き付き、上半分はシャツの左肩のブローチで止めるが、雨中ではフードのように頭にかぶって使うこともある。


数世紀前のハイランダーは、半ズボンにプラッドを着用していたので、男でもスカートをはいているように見えたが、現在では脇腹から腰の部分を覆うだけになっている。


ちなみにプラッドの模様は家系によって異なり、マクレガー家の模様は青碧色の格子柄となっている。


後は革ベルトに剣を差せば、外出の準備は整う。遠出をする時はこの服装の上にさらにマントを着、剣術の稽古をする時は胴回りや手甲を装備することもある。

家を出たウィルは、まっすぐにオーウェル家に向かい、怒鳴られながらも卵をもらった。

そしてその帰路で、ウィルは聞き慣れない、否、生まれて初めて耳にするような声を聞いたのだ。


「ら」とも「あ」とも聞こえる発音と、哀愁を覚える静かな調律。波や風という自然界の音とは違う。笛の演奏やウクレレのような弦楽器の振動音とも違う。


餌を求めて鳴く雛鳥のような、確かな意志を感じさせる、何かをうったえるような声だ。

ウィルは卵の入ったバスケットを片手に、廃墟に足を踏み入れた。


廃墟となった教会堂。入口付近には墓碑が乱立し、教会堂も一部の土台と壁を残して崩壊している。


聖堂の跡地を通り過ぎ、中庭を探索していると視界は霧に完全に覆われてしまった。

なおも声は聞こえる。

それは中庭の奥から聞こえてくる。

どうやら声の主はこの先にいるようだ。

前進しようとするが、思わず足を止めた。


(――なんだ、この臭い?)


柑橘類のようなぷぅんと酸っぱい匂いに混じって、何かが腐ったような臭いが漂ってきたのだ。

嗅ぐだけで身体がむず痒くなり、それにはかすかに家畜臭も混ざっていた。


そのとき、ウィルは ‘何か’ に躓いて転びかけた。


(――なんだ?)


態勢を直し足元を見てみると、大きな物体が横たわっていたが、詳しい形は霧のせいでよく見えなかった。

屈んでそれに触れようとする。

その時。

歌声が止んだ。


ウィルも止まると、

「誰?」

と、廃墟の奥から人の声が聞こえたのだ。


地面に転がるモノから顔をそらし、立ち上がって振り返ると、霧幕の向こう側にシルエットが立っていた。

真っ白な霧を前景に立つ人影。背は自分よりも頭一つ低く、輪郭は細い。女か。彼女が歌声の正体なのだろうか。


ウィルが霧中を進むと、相手はかすかに後退り掌をこちらに向ける。戸惑っているのか。


「ずっと聞こえていたんだけど、君が歌っていたの?」


ウィルは相手を怯えさせないように、落ち着いた声で語りかけた。

相手は戸惑う仕草の後、「歌じゃないわ。無意識に出ちゃうっていうか、つい歌いたくなっちゃうっていうか……」と気恥ずかしそうに答えた。


「とても綺麗な歌声だった」

「えっ?」


ふぅっと強い風が吹き渡り、ウィルの頬をなでた。


その風圧が、もんもんと立ち込める霧を押し飛ばした。視界が晴れ渡ると、ウィルの四辺は暗色に染まる廃墟という、あるべき姿に戻った。


そしてウィルの前には、一人の女が立っていた。


藍染のリボンのついた白いシャツに、肩には毛皮のマント。薄肌色の短髪におさまる小柄な顔は、妹のような少女を思わせる。


「君は……」


ウィルは違和感を覚え、女をまじまじと見た。

見慣れない顔だった。

だが違和感はそこではない。

別な処にあった。


マントに隠れたシャツの右肩。
作品名:旅立ち集 ハイランダー編 作家名:春夏