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旅立ち集 ハイランダー編 No2

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※※※※


ウィルが自宅へ戻ると玄関の木戸が開け放たれていた。

胸騒ぎを抑えきれずウィルは家へ駆け込む。モリガンの姿も、女の姿もない。嫌な予感が的中してしまった。


ウィルは母の寝室へ駆け込んだ。母はいた。毛布をかぶって寝ている。


「母さん。モリガンを見なかった?」

余計なことは話さないように注意しつつ問う。身体を揺すると、ようやく母は眠たげな瞼を開いた。


「どうしたの?」

「起こしてごめん母さん。モリガンを見なかった? 家にいないんだ」

「外で洗濯しているんじゃない? そういえば話声が聞こえたけど……。誰か来てたの?」

「う、うん。マクさんが来ていたんだ」


その時、家の外から嘶きが聞こえた。開けっ放しにされた玄関からは、その鳴き声は寝室まで届いた。


「玄関、開けっ放しなの?」

「ごめん。すぐに閉めてくるよ」

ウィルは玄関間へ出た。外側から木戸を閉め、嘶く馬を小屋へ戻そうとすると、足元に何かが落ちていたのに気付いた。ウィルは屈んでそれを拾う。


(――髪留め?)


モリガンの三つ編みを縛る紐だった。

ということは、モリガンが外出したのは間違いない。

そして紐に落ちていた周囲をよく見ると、草の上にかすかに馬蹄の跡があった。


(――まさか)


ウィルが馬小屋を見ると、そこには馬が一頭もいなかった。ここにはウィルと父の馬と、もう一頭馬がいるはずである。それがないのだ。

モリガンが馬に乗れるはずがない。台座がなければ馬にも乗れない背丈なのだ。

だとすれば、あの女が乗ったに違いない。ウィルが馬の足音を辿ると、それは集落へと続く上り坂ではなく、湖の外周をそうよう続いていた。

そこから辿り着く場所は、たった一つ。対岸に見える古城である。

「…………」

ウィルは古城を睨んだ。あそこにモリガンがいる確証はないがここでじっとしているわけにもいかなかった。

ウィルは騎乗すると、古城に向かって走り始めた。


※※※※


男達とマクは坂道を登り詰め、平坦な道を歩いていた。

マクの説明を聞きながら歩いていると、よくやく自分達の暮らす集落が見えてきた。

出稼ぎの一行が戻ると、曇り空にもかかわらず外で遊んでいた子供達が歓声を上げて駆け寄ってくる。みんな持ち帰られた荷物に好機の眼差しを向けているのだ。


「デカセギダンが帰ってきたー」

「何貰ってきたのー?」

「あぁ。マクねえちゃんもいるー」

「マクねえもデカセギダンなの?」

「ねぇ。おじさん。その樽なに?」

「こらこら。危ないから道を開けなさい。ほらお菓子をやるが、みんなで分けて食べるんだぞ」


ウォーレスは馬上から子供達にお菓子を放り渡しながら進んで行く。途中で男二人が荷物を置く為帰宅するというので、牛泥棒の話も中断となった。


「マク。族長の家に戻る前に、俺の家で一服しないか?」

「お言葉にあまえさせてもらいます。ちょっと疲れてしまって」


それを見越してウォーレスは言ったのだ。傾斜続きの道を往復したのだ。誰でも疲れて当然である。

集落を抜け、ウォーレスとマクは下り坂にさしかかった。曇り空の下には鈍色の湖があり、その前に建つのがマクレガー家の家だ。


「ウォーレスさん。あれは息子さんじゃないですか?」

マクに言われ、ウォーレスは目下の脇道に顔を向けた。そこには馬を激走させるウィルの背中があった。


「本当だ。あいつ何を慌てているんだ? 古城には近づくなと言ってあるのに……。帰ってきたら往復パンチのお仕置きだな」

「お、往復パンチ?」


驚くマク。ハイランダーの中でも指折りの体格と強さを持つ彼の拳でぶたれるとは、ウィルもたまったものではないだろう。

冗談かとも思ったが、真顔で指をならすその姿から、おそらく本気だ。

ウィルの姿を認めた後、二人は坂を下り家に入った。木戸を開けて入るなりウォーレスは言った。


「ただいま。モリガン、ダディのお帰りだぞぉ」

「ダ、ダディ?」


驚くマク。ハイランダーの中でも指折りの戦闘能力と剣術を持つ彼が、家では自分をダディと呼ぶのか。

そして娘を呼ぶ時の優しげな顔を見ると、正直いつもと別人のようにしか見えない。


「モリガーン。返事がないな。ひょっとしてまだ寝ているのか。もしそうなら添い寝してやらないと」

「わ、わわわ、私が訪ねた時は起きていましたよ」


この人自宅だとこんな風なの? とマクは驚きを隠せなかった。

こんな筋骨隆々の逞しい中年おやじに添い寝されるなど、幼い娘にとってはトラウマになってもおかしくない、往復パンチ以上の苦痛であろう。

いったいどちらが本当のウォーレスなのだろう。

自宅にいる今が素なのか。

それともリーダーとして男達を率いる姿が本性なのか。

……正直、どっちでもよかったが。


「まさかモリガンも出かけているのか。母さん一人を残してどういうことだ」

マクに居間でくつろぐように告げると、ウォーレスは寝室に行き妻に会った。


「元気だったか、エスリン」

「あら。ウォーレス。もう帰ってきたの?」

「帰ってきたら悪いのか」


妻の額にそっとキスをするウォーレス。口ひげが触れてくすぐったいがエスリンは目を閉じて無言でそれを受ける。

「愛の抱擁はまた後でな。今お客が来ているから茶をいれなきゃならないんだ」

「やめてよ。お客さんがお腹を壊しちゃうじゃない」

「大丈夫だ。解毒剤も入れる」

「それ大丈夫って言わないわ」


退室するウォーレスの背中を、エスリンは呼び止めた。


「ねぇ。モリガンとウィルは、何処にいるの?」

「なに? アイツら行き先も告げずに外出したのか」

「外出してるの? それと、さっき人が来ていたんだけど、誰かわかる?」

「マクだろ。牛泥棒の聞き込みに来たって言っていたぞ」

「違うわ。その後に、誰かが来ていたはずなの……」


エスリンの真剣な表情に、ウォーレスは表情を整える。


「わかった。マクに訊いてみる。君は寝ていろ」


そう言って、ウォーレスは戸を閉めた。

口は悪いが、妻は子供の事を自分以上に心配する人だ。

胎児を身籠もった妻に余計な心配はかけたくない。正直なところ、牛泥棒よりもこちらを早急に整えなくてはならない。居間へ歩きながら、ウォーレスは家で起こった出来事を推測する。

誰かが家に来た。

ウィルはそれを追って馬で走っていた。

ならばモリガンの行方は、その人物が知っているはず。


「ウォーレスさん」

居間に行くと、マクが何かを広げて立っていた。血のついた包帯である。


「ベッドの脇に落ちていました。誰のものでしょう?」


ウォーレスも居間からベッド側を見た。

そして妙なものを見つけた。


「誰のマントだ?」


見慣れぬマントが、二段ベッドの上段に置かれていた。


「ウィルでもモリガンのでもない……」

「誰かが、来ていたんでしょうか?」


己の推測に疑うよちはなく、ウォーレスはいてもたってもいられなくなった。


「マク。すまないが君は妻を見ていてくれないか。息子のことが気になるんだ」