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旅立ち集 ハイランダー編 No2

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※※※※


マク・ア・アンドリュー。族長の孫娘であり、特技は弓射だがそれ以外に一族として備わった妙な力があった。

予見性である。

自らの意志では使えない偶発的な能力だが、マクは自分や仲間に危険が迫ると、それを感じ取れる力があるのだ。


漠然とした感覚で予知するのではなく、寒暖を肌で感じるように第六感のようなものが彼女に告げるのだ。

そうした能力があるから、マクの家系、アンドリュー家は代々族長として一族を率いてこられたのだ。

そして今もまた。彼女は危機を感じ取っていた。


古城へ向かったマクレガー親子の身に、危険が迫っている。

だがウォーレスから留守をあずかり、しかも妊婦のいるこの家を出て行くわけにはいかない。誰かを呼ぼうにも、一度家を出る必要がある。生真面目なマクは、一瞬たりとも家を出る気にはなれなかった。


「マクさん。ウォーレスは何処に行ったの?」


エスリンがベッドで身体を起こし、マクに問うた。


「ローランドから持ち帰った荷物を、集落で配っているようです」

「……じゃあ、ウィルとモリガンは?」

「あの二人は――」


嘘の下手なマクには、どう取り繕えばいいのかわからない。生真面目な性格では損することしかないとつくづく思う。

しかし幸いなことに、二人の会話は玄関を蹴破るような音と、怒声によって中断された。


「じゃまするぞ!」

「ご、強盗?」


思わずマクが立ち上がる。足音が寝室に近づき、またも蹴破るような勢いで扉が開かれた。

そこにいたのはオーウェル夫婦だった。


「相変わらず凄い声ですね」

「地声だ、バカ者!」


怒鳴るオーウェルの脇から、静々とメアリー老婦人がエスリンに歩み寄る。


「お久しぶり。身体の具合はどう?」

「おかげさまで体調はいいです。それにもう三人目ですから、身体も慣れました」


どうやらこの夫婦、妊婦の回診に来てくれたようだ。


「おいマク! レディーの回診を覗き見るんじゃない! 部外者は退室するぞ!」

「レ、レディーって私も女なんですけど……、うわ、痛たたっ!」


問答無用と、オーウェルはマクの肩をわしづかむなり、寝室を出、戸を閉めた。


「マク!」

「は、はい!」

「……何があったか説明してくれ」

「え?」


それまでの大声が嘘のように、オーウェルは忍び声で問うてきた。そして小さなバスケットを出し、その中身をマクに見せた。


「ウィル君にあげた卵が教会堂に落ちていた。そして首を貫かれた牛の死体があった。ウィル君は牛殺しの犯人に接触した可能性がある」

「牛殺しの犯人……!」


牛泥棒の仕業ではなかったのか。


「前々から教会堂からは妙な歌声が聞こえていた。犯人は人間じゃないかもしれん。ウィル君は、それと犯人はどこに行ったか知らないか?」


マクの脳裏に古城へ走るウィルの姿が蘇る。


「古城です。ウォーレスさんも向かいました」


マクは己の未熟さを呪った。ウィルが犯人と接触する前に予見できていればよかったのにと。


「わかった。ウォーレスだけでは危険かもしれん。君も応援に迎え。エスリンが心配しても私が怒鳴りちらしてはぐらかす。半刻を過ぎても戻らなければ、私も応援を連れて古城へ向かう」


「わかりました。留守をお願いします」


マクは居間に置いた弓を担ぐなり家を出、馬鞍につり下げた矢筒を背負うと騎乗し、古城へ走り始めた。


「頼むぞ……」


マクを見送った後、オーウェルが寝室に向かうと、部屋の様子が一変していた。エスリンが苦痛な表情を浮かべ、メアリーが慌ただしく毛布や桶をかき集めている。


「どうした?」

「陣痛が始まったのよ」

「な、なんですってぇ?」

「あなた。おろおろしてないでお湯をわかしなさい。それからもっと毛布を持ってくるのよ」


 無事を祈る暇もなく、オーウェルは妻を手伝うことしかできなかった。

※※※※

塔の人影がモリガンである確証はないが、今はそれにかけてみるしかなかった。

見張り塔のふもとの木戸を開けると、石壁に押し込められた狭苦しい螺旋階段が現れる。


ウィルは段差を飛ばして駆け上がった。

中程まで来ると、石壁の一部が崩れている箇所があり、階段内には白い外気が流れ込んできていた。

息を切らすことなく塔の屋上へ出ると、霧はよりいっそう濃く漂い、自分の足元すら見えない状況だった。 

それでもウィルは前進し、霧襖の奥まで届くように叫んだ。


「モリガン! いるなら返事をしろ!」

だが返答はない。

中庭から見えた人影は見間違いだったのか。

ここにモリガンがいないと思うと、ウィルの胸に強烈な虚脱感が襲いかかった。まるでこの世界から妹がいなくなったような、そんな感覚に陥ったのだ。

頭の中で、ウィルはひたすら感情を否定する。

違う。きっとモリガンはどこかにいるはず。助けがくるのを待っているはずだと、足元を揺らされるような孤独感を抑え込んだ。

とにかくここにモリガンはいない。ならば別の塔を探してみようと戻ろうとした時だった。


――兄貴ぃ


ウィルは振り返った。


「モリガン?」

妹の声が聞こえた。


「助けて……。……怖いよぉ」

「ここにいるのか……!」


怯えた声にもかかわらず、ウィルは妹の声が聞こえたことで安堵し、一気に塔の末端まで駆け抜けた。

モリガンはここにいる。本当によかったと思うが、モリガンらしき人影を見つけた時、ウィルは目を疑った。

「…………」

矢狭間に背中をもたれ、項垂れて顔は見えない。

ウィルが歩み寄っても顔を上げず、言葉も発しない。

霧が邪魔にならない距離まで近づく。

間違いなくそこにいるのはモリガンだった。


「モリガン?」


屈んで顔に触れると石のように冷たかった。

ウィルは身震いを抑えられなかった。


「おい、くそ兄貴が来てやったぞ」

屈んでモリガンを正視する。ぴちゃりと、靴の爪先に何かが触れる。足をのかすとそこには血溜まりがあった。


「なんなんだよこれ?」


古城に入った時、血痕を見つけたことを思い出す。

あれはやはりモリガンのものだったのか。


「モリガン……」


裏返りかけた声で、ウィルは妹の名を呼びその華奢な身体を抱きしめた。

石のように冷たい。ただの物になりかけていたが、無駄に元気で口が悪く、だがそれでも憎めなかった妹との日々がウィルの中で克明に蘇っていた。

そしてそれに混じって去来するのが、彼の語彙では言い尽くせない、とてつもない罪悪感だった。


自分のせいで妹が死んだのか。

自分があの女を招いたせいで。

歌声に誘われて道草をしなければ。

卵を忘れずに持ち帰れば。

妹を一人にしなければ。

どれか一つ違えば妹は生きていた。

そして今頃、一緒に朝食を食べていたはずだ。


「……きぃ」

ウィルは身体をはね起こした。

「モリガン?」


見れば妹が顔を上げ、自分を見上げているではないか。


「ここ、何処?」

「…………!」


ウィルは大きく息を吐いた。

そしてもう一度、妹を抱きしめた。


「どうしたんだよ……?」