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旅立ち集 ハイランダー編 No3

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 男のくせになぜ乙女心がわかるのか。ウィルには理解不能だった。


「血だってここで吸えばよかったのに、わざわざ餌を古城まで運んだのは、正体を見られたくなかったからよ」

「餌だと……」


 思わずウィルはバードを睨んだ。


他人の妹を餌だと?


確かに怪物からみれば餌だろうが、相手の気持ちを考えて言葉ぐらい選んだらどうだ。


「説明はもう十分ね。じゃあ私は帰るわね」


さっさと帰りたいという心境が見て取れる言いぐさだった。

ウィルの心境を知ってから知らずが、バードは挙げ句の果てには不満まで漏らし始めた。


「長期休暇で旅行中だったのに、あんな女に会ったばかりに台無しよ。見捨てようかと思ったけど、それも不憫だし、そんなことして旅行とか気分も悪いしねぇん」


 語尾をやたらと伸ばしてぼやくバード。  


「そろそろ帰るわ。船の時間も迫っているし、エトリアに私の帰りを待つ坊や達も大勢いるし……」


そう言うとバードは玄関間へと踵返し、マントを揺らして遠ざかっていった。


「おい」

ウィルが呼び止める。

「そこまで詳しく知っていたなら、どうしてあの女を止めてくれなかったんだ?」

 女をずっと監視していたなら、モリガンが誘拐された時も、父が殺された時もただ傍観していただけなのか。 聞いたところで既に遅いが、ウィルには聞かずにはいられなかった。


「ああぁん。もう。しょうがないわねぇ」


バードは面倒くさそうに答えた。


「私は偶然あの女に会って、成り行きで付き合っただけよ。あの女がなにしようと関係ないわ」


 吐き捨てるような物言いだった。

 ウィルだけでなく、正義を重んじるハイランダーであれば誰しも憤るだろう。


「あらいやだぁん。そんな恐い顔しないで。それに非力な私一人で止めようとしても、返り討ちにあうだけよ。仲間がいるならともかく、一人であんな怪物と戦えるのなんて、一流の冒険者だけよ」


 今の言葉に、ウィルはふと父の最後の言葉を思い出す。怪物に身体を貫かれ宙づりになった父は、軍人でもこんな怪物は倒せないと言った。もしコイツを一人で倒せるなら、いったいどんな連中だろうとも言っていたのだ。


「一流の冒険者?」


それなら怪物に勝てたというのか。父も救えたというのか。


バードは内股で、妙に腰を揺らすという独特の歩き方で玄関間へと消えた。
ウィルはしばく呆然としていた。バードから覚えた感覚は、怒りという感情だけじゃなかった。


差異というものがあった。バードは ‘なにをすべきか ’という価値観ではなく、 ‘何が出来るか ’という考えを基に行動した。

それに負い目を感じるわけでもなく、ただ最低限の義務だけを果たそうとするバードの姿は、外見こそ違えど、初めて怪物を見た時の感覚を思い出させた。

この世界には、太古から受け継がれる怪物の血筋があり、そして正義以外の価値観がある。


そんな些細な事ではあるが、ハイランドから出たことのないウィルには衝撃的な事実を明かされたように思え、そして彼の視野を広げた。


世界は広い。ハイランドに籠もっているだけでは狭すぎる。


ウィルの漠然とした思いはやがて、今以上の、父以上の強さと知識への渇望へと変わっていくのだった。