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旅立ち集 ハイランダー編 No3

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「そしてもう一つ。人選にかかわることだが、その前に、お前に知っておいて欲しいことがある」

「なんでしょう?」

「お前の父の負けは必然だった」


それは藪から棒の、それもウィルの琴線に触れるような言葉だった。


「怪物と戦うには、一人の力では不可能だ。魔物もまたしかり。げんに冒険者達は、ギルドというチームを組んで魔物と迷宮に挑んでいる。魔物は独力で叶う相手ではない。それ故、お前が適任なのだ」

「どうしてですか?」


思わずウィルの声は荒くなる。

父の負けが必然だと? そんなことはない。父は強い。自分にとって最強のハイランダーは父だ。不意さえつかれなければ、自分達さえいなければ、セイレーンとだって互角に戦えたはずだ。


「お前は、自分の血筋を知っているか? マクレガー家の先祖のことだ」
「僕の先祖?」

「なぜお前の家だけ集落から離れ、湖を隔てた古城にあると思う?」


ウィルは答えられなかった。


「かつて王政があった時代。マクレガー家は王の近衛兵団にいたのだ。王の傍で兵を指揮する部隊にな。文明国の侵略後、王の血筋は根絶やしにされたが、近衛兵達の血筋は残った。その一人がマクレガー家の祖先だ」

「え……」


初耳だった。マクレガー家ということは、父もそうなのか。


「お前はまだ原石だ。だが磨けば私や父以上の人間になれるはずだ。他人を導き、その才能を引き出す才能が、お前の血筋に眠っている。だからギルドのなかでも上手くやっていけるはずだ。私の話は以上だ。返答は明日まで待とう」

「…………」


ウィルは無言で族長に一礼し、祠を出て行った。

帰宅しようと乗馬したところでウィルを呼び止める者がいた。

マクだった。寒地とはいえハイランドにもうららかな日が続く為か、マクは肩を露出する薄着姿だった。


「お祖父様から、エトリアの話は聞いた?」

「はい……」


ウィルは皮肉だと思った。

血筋の暴走によってセイレーンによって父を奪われたが、自分も先祖からの血筋とやらの影響でエトリアの人選を受けるとは。


「ウィル君はどうして槍を使うようになったの?」

「剣術を教えてくれた父がいなくなりましたし、それにこれは僕への戒めなんです」

「戒め?」

「二度と怪しい人間を信じるなって。セイレーンを突き刺したこの槍を見れば思い出せるんです」

「そっか。それはもう銛なんかじゃないね。立派なハイランダーの槍だよ。私は、君がエトリアに行くべきだと思うな」


どうしてかと問うよりも早く、マクが笑顔で答えた。


「そうすればきっといいことが起こる。なんでそう思うかって? 予感よ。これもお祖父様から受け継いだ、血筋の力かな?」


マクは指先を自分のこめかみにあてにこりと笑った。『血筋』と言いながら愛想良く笑う彼女に、ウィルは苦笑いしかできなかった。


「ねぇ。ウィル君。戒めも大事だけど、それに固執しちゃだめだよ?」

「固執なんてしていません」

「そうかな。がむしゃらに強くなろうとすれば、確かに一流の冒険者には近づけると思う。だけど――」


 言葉を切るマクに、ウィルは問う。


「――だけど、なんですか?」

「一人だけの力じゃ、すぐに限界がきちゃうよ」

「…………」


マクは静かな眼差しでじっとウィルを見つめていた。

彼女と別れ、帰宅したウィルは家族に族長の命令を打ち明ける。

母には反対され、モリガンも迷っていた。ヴォルトだけは事の深刻さがわからず首を傾げるだけだった。


※※※※


船上からウィルは遠ざかる故郷を見つめて心細さを覚えた。今まで海外に出た先輩達も同様の心境だったのだろうか。

あの日。あの場所で女に出会わなければ、きっと自分は別の運命を歩んでいただろう。

あの女の美しい歌声が、自分の運命を狂わせた。否、狂わせたのかどうかはわからないが。


容赦なく照りつける陽光が、妙に心地よい。


目を瞑ると透明感あふれる幻想的な歌声が、風の音の隙間をぬって頭のなかにかぶさっていた。

自分はもう決して騙されない。樹海では相手が誰だろうと絶対に信じないつもりだ。


正義を重んじる偏った価値観は自滅を招く。げんにウィルは自分の命を危険にさらし、家族の命を奪われたのだ。


そして強くなりたい。魔物だろうと怪物であろうと倒せる力が欲しい。もう二度と誰かに守られ、何もせずに逃げるのは嫌だ。


正直、エトリアからの依頼等どうでもいい。ただウィルは強くなりたいがため、父でも倒せなかった相手を倒す力が欲しいがため、エトリアに旅立つのだ。

魔物と戦える一流の冒険者になること。それがウィルの旅立つ理由だった。ウィルは無意識にズボンのポケットに手を入れる。


……そういえば女が去った後、バードと名乗ったおかまはエトリアに帰ると言ったが、もしかすると再会できる日も近いかもしれない。もし再会したら挨拶ぐらいはしておくべきだろうか。


「…………」


ウィルがポケットから取り出したのは、銀色の羽である。女に会う前日、馬小屋で見つけた羽だ。


自分がこれをポケットに入れるのを、どこかで女は見ていたのだろう。盗んだつもりではないが、ウィルはバードが去った後もこれを持っていた。いつかいい捨て場所が見つかるまで取っておいたのである。


「……綺麗な羽だ」


 今でもそう思う。この羽は綺麗だ。


ふと空を見上げると、すぅっとヒバリが帆桁の上に舞い降りた。ヒバリはウィルを見下ろすと、ぴちゃぴちゃと鳴いた。


「…………」


ウィルはヒバリめがけて放り上げるように羽を投げた。

羽は舞い上がった後、潮風に煽られるがまま飛んでいき、船縁から遠ざかっていく。

羽はどんどん船から遠ざかり、やがて力を失ったようにひらひらと舞い落ちていくとついに海に沈んでいった。

その瞬間。ウィルの頭の中で響いていたセイレーンの歌声は、波の音によってかき消されていった。