黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18
「ハモ姉さんは……? 姉さんはどうなったというのですか!?」
イワンは消え入りそうな声を出したかと思うと、一気に大きな声を上げた。
ギアナ村は血を分けた、イワンの実の姉、ハモが住んでいた場所である。しかし、ギアナ村は一足先に暗黒世界と化しており、瘴気の充満する中では、人間は立っていることは愚か、瘴気に犯され死んでいるのが当然の状態だった。
仮に生きていられたとしても、正気を保っていられるはずはなく、意識を失い、倒れているところを村中に徘徊する魔物に食い荒らされるのが関の山だ。
そんな状態の壊滅したギアナ村を食い入るように見ながら、イワンは喚き散らした。
「ハモ姉さんが、姉さんが死んだとでも言うのですか!? ボクは信じない、ハイドロ様! 姉を探してください!」
人の骸が転がり、建物までも腐食し、魔物が食い散らかした死体の内臓まで飛び散っているような中、生き残りがいる可能性など、考える方が愚かである。
しかし、イワンは冷静になどなれなかった。死体と化したものでも、魔物に食われた後の肉塊でもなく、生きて立っている姉の姿を、この目で確かめるまで、イワンは騒ぎ続けた。
「イワンよ……、君の気持ちはよく分かる。しかし、この中を生きられる人間が、本当に存在すると思うか?」
考えるまでもなかった。しかし、考えたくなかった。実の姉であり、たった一人の肉親が、死体と貸している姿など。
「……あの中を生きられるのは、人外のもの。魔物や、悪魔しか存在できぬのだ……」
ふと、ギアナ村を映し出し続けていた床に、あるものが映り込んできた。
それは、一人の女の死体であった。
猛毒を持つ黒い霧の為、全身が黒くなってしまったが、僅かに特徴を残していた。
僅かな特徴とは、その死体の髪型であった。後頭部しか見えなかったが、それが確固たるものとなっている。
ハモは、後ろ髪を大きな三つ編みにして、一つに纏めていた。今、イワンに映る女の死体は、編み込んだ髪を、纏めている。色こそ真っ黒になっているが、似たような髪型は他にあるだろう、イワンにはそう思う余裕はなかった。
「う、うわああああ!」
イワンは、姉が死んだという現実を目の当たりにして、声枯れんばかりに泣き叫んだ。そして両膝を付き、床に顔を埋める。
「姉さん、ハモ姉さん! うわああああ……!」
尚もイワンは、親とはぐれた子供のように、大声を上げて泣いた。
「しばらく悲しみに暮れさせてやれ……」
ハイドロは指を弾き、床に映る、魔界と化した、ギアナ村の風景を消し去った。
「イワン……」
床に顔を埋めて泣き叫ぶイワンに、ロビンはかける言葉が見つけられなかった。
彼は本当に孤独の存在となってしまった。両親の顔も知ることなく、ハメットという商人を父親代わりに育てられ、そして仕えることとなった。その人もまた、生死は不明の状態である。
例え生きていたとしても、死の運命に自棄になった人々により、キボンボのアカフブのような目に遭っているか、ハメット自身が自殺を図っている可能性もあった。
そして、イワンは暗黒世界となったギアナ村にて、姉と思しき骸を見つけてしまった。彼の身寄りは、もうなくなってしまった事に等しい。
何よりも、唯一の肉親を失ってしまったイワンの悲しみの深さは、到底計り知れないものであった。
イワンはふと、涙で濡れた顔を上げ、立ち上がった。
しかし、その様子は悲しみを振り払った、というよりは、何かよからぬ決意をした、というものであった。
「姉さん……、ボクの大切な姉さん……。死ぬときは、きっと苦しかったよね? でも、死んでしまえば、もう楽だよね? ボクは今、とっても苦しいよ……。こんなに苦しいならもう、楽になりたいよ……」
イワンは、泣きはらした赤い目を虚ろにして、譫言のように一人、喋っていた。
「イワン……?」
ロビンはその様子に、不気味ささえも感じていた。小さな子供のように大声で泣き叫んでいた所から、突如として静かになり、ぶつぶつとしゃべり始めたのだ。
仲間とは言え、ロビンは得体の知れない不安感を与えられた。
「……そうだよね? 姉さんももう独りにはなりたくないよね? 大丈夫だよ、ボクも同じ。姉さんと離れたくなんかない……」
一人で誰かと会話しているかのようなイワンに、ある種の恐怖感を覚えたのはロビンだけでなく、ハイドロも、他の仲間達も同じだった。
誰一人として、彼に声をかけようとしない。
「安心して、姉さん。ボクもすぐに逝くからさぁ……!」
イワンは大声を上げたかと思うと、ついに行動に出た。
大きく口を開き、舌先を少し出したのだ。
「まずい!」
シンはイワンの腹を読み、接近して上の歯が舌を噛み千切らないように、イワンの口の中に指を入れた。
「ふががが……」
イワンは口角から涎を滴らせながら、今度は割腹を試みようとする。しかし、腰の刀は既にシンが抜き放ち、後ろに放っていた。
シンはイワンの両手を掴み、イワンが頭を打って死ぬ事をしないよう、足を掛け、そのままゆっくり押し倒した。
「ふぐぅ! はぎゅう!」
しばらく暴れるイワンが落ち着くまで、シンは指先をイワンの口に入れたまま抑え込む。
そして、イワンが噛みついてくる力が弱まってきてから、シンは指先を口から出した。シンの指先は強く噛まれたため血が出ており、薄く赤い涎が糸を引く。
「このバカ野郎が! てめぇが死んでどうするんだよ!」
シンはイワンに、馬乗りになったまま怒鳴りつけた。
「……ひっく……、だって、もう、姉さんは……!」
「死んだからって後を追うつもりだったってか? だったらお前はどうしようもねえバカだ!」
「だったらどうしろというのですか
!? ボクなんかじゃ、デュラハンは倒せっこないし、どうせみんな死ぬんだから、ボクが今死んだところで何も……」
パシッ、という音が中りに高く響いた。それはシンが平手打ちした音である。
「シン!」
シンはイワンの上から降り、胸倉をひっつかみ、無理矢理イワンの顔を上げさせた。そして、あいている方の手で、握り拳を作る。
「力の誇示ですか!? シンはいいですね、強くて! さあ、その拳でボクを殴ればいいですよ! なんなら殺してくれて構いませんよ!」
イワンは涙を交えながら叫んだ。シンは望み通りにしてやるのか、イワンの胸倉を掴む手を引き寄せると、拳を振るった。
「やめろ、シン!」
ロビンの引き止める声は、無駄だった。
今度は重低音が鳴るかと思いきや、シンの拳が空を切る音が、わずかにするのみであった。
シンはイワンの顔の前で、拳を止めていたのだ。
「イワン、本当はデュラハンを倒したい、いや、殺したいと思っているだろう?」
シンは拳を下ろし、イワンを掴む手を離す。
「……どうしてそんな事が分かるんですか?」
イワンは解き放たれ、腰を落とし、真っ赤な双眸をシンへと向ける。
「お前の目を見れば痛いほど分かるさ。お前のその血走った目は、絶望のものじゃない、憎しみだ。お前は意識してなかっただろうが、さっきオレがブン殴ろうとした時、目を瞑らなかった。憎んだ相手を殺したい、そう思っている奴は、もう死に急ぐ真似はしないんだよ」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18 作家名:綾田宗