黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18
「アレクスよ、貴様の知恵を借り、人間どもに猶予を与えよう。魔王たる者、それくらいの寛容さがなくてはな。それに、アネモスの巫女を媒介とした、イリスとの融合にも時は必要であろう。シレーネ、全ての準備が整うまでどれほどかかるのだ?」
デュラハンがイリスの力を手にするためには、彼女と融合する事が必要だった。しかし、デュラハンが魔、イリスが聖、とまるで正反対の性質であるため、二者がそのまま融合するのは不可能であった。
そこで、人間の身体を媒体とするのである。それも、ただの人間ではならず、またエナジストであっても媒体となる事はできない。
イリスといった、天界の神々の血を引く、アネモス族でなくてはならなかった。更に、アネモス族の力を強く持つ、アネモスの巫女と呼ばれる存在が必要だった。
これらの皆無ともいえる可能性の持ち主、至極希有な存在が、シバなのだ。
「私が見る限り、アネモスの巫女はまもなく不浄の時です。それが終わらぬ限りは、イリスの媒介とすることは叶いません……」
シレーネの言う、シバが迎えつつある不浄の時、とは月経の事であった。
「どうやら始まるのはこれより三日後、それを含めた十日が、イリスとの融合にかかる時間にございます」
イリスとの融合の媒体となるには、かなり高潔なる身体が重要となるようだった。
しかし、十日間だけでは十分な猶予とは言えない。シバが月経を迎えるのは、アレクスにとって都合の良いことだが、長くとも七日でそれは終わる。
デュラハンを倒さんとする者が、いくら努力を積んだところで、十日という時間はあまりにも短すぎる。
「ほう、十日かかるのか。では我が魔王となるのはその後、か……」
アレクスが想像していた通り、殺戮しか考えないデュラハンは、融合を十日後にすると言い出した。これは何とかせねばならない。どうにかしてデュラハンを説き伏せる必要がある。
「お言葉ですが、デュラハン様……」
アレクスはデュラハンの機嫌を損ねることのないよう、努めて遜って進言した。
「デュラハン様が大魔王となる日を、一月後にしてはいかがでしょう……?」
本当ならば、デュラハンを敵とする者に、何年、何ヶ月でも猶予を与えたいところであるが、十日で済むことを引き延ばす手前、一月と言うのが限界だった。
「何故そのような事をせねばならんのだ?」
当然のように、デュラハンは訊ねてくる。ここでうまく説き伏せねば、彼の悪魔の気分を害することになる。
「それは……」
アレクスは、表情を変えることなく思考を巡らせた。演技の下手な者ならば顔に出てくる程の考えをしていたが、心を読む力でも持ち合わせなければ、分からないほどの演技力でアレクスは考え続ける。
そして、最善と思われる答えにたどり着いた。
「デュラハン様が大魔王たる存在を、人間達により畏怖すべきものと知らしめる為にございます……」
「どういう意味だ?」
「はい、ご説明いたしましょう。魔王とは王の称号を持つ御方の事を意味します。王とは寛大なる存在。形は様々あれど、人間達に何かを与えるべき存在にございます。デュラハン様の与えるものは絶望と恐怖。それは時を経れば経るほどに増して行くものです。ここまでお話しすれば、もうお分かりですね? デュラハン様の慈悲を人間どもに与えるのです。そう、絶望という名の慈悲を……!」
デュラハンの思考を分析し、作り上げた言葉であった。
恐怖、絶望という感情をウェイアード中の人間に与え、打ち振るえる人間を殺していく。破壊神などと揶揄されるだけあり、あらゆるものを破壊する事こそがデュラハンの最高の喜びである。
こうした考えから、アレクスは最高の演技をした。
アレクスが話し終えてからしばらくの間、その場に沈黙が漂った。もしや自分としたことが言葉を違えてしまったか、そのような不安がアレクスの頭を過ぎった。
しかし、アレクスの不安は、静かな笑い声により吹き飛ばされた。
「ふふふ……、はははは……!」
沈黙の次は、デュラハンの大きな笑い声が辺りを支配した。
そして、決定的な言葉がデュラハンから発せられる。
「良い、とても良いぞ……!」
デュラハンは玉座から立ち上がった。
「巨大な絶望を抱いた者を殺すのは、我の最高の快楽とする事よ! その絶望を簡単に巨大化させる方法がそれほど楽な事だったとは、なぜ今まで気付けなかったのだ!」
「では、デュラハン様……」
「うむ。人間どもに一月、余生を送らせてやろうぞ。当然、一月後には我によって殺されるという恐怖を持たせながらなぁ!」
「ご理解いただき、ありがとうございます。私も非常に楽しみですよ、憎らしいウェイアードの人間が絶望と共に消えていく姿が」
アレクスの策は成った。後は一月の間にデュラハンを倒す者が現れるのを祈るのみである。
玉座を立ち、騒ぐデュラハンを余所に、終始無言を貫いていたセンチネルに、アレクスはそれとなく視線を向けた。
センチネルはそれに気付いた様子はなかった。
一月の間に、デュラハンを倒す可能性が一番高い彼は、壁から離れると玉座の間を立ち去ろうとした。
「センチネルよ」
デュラハンが、自らの手下であり、また敵であるセンチネルを呼ぶ。
センチネルはデュラハンに背を向けたまま立ち止まった。
「一月の間に、我を倒すか?」
「……人間どもがどうなろうと知ったことではない。貴様も魔王にでもなんでもなればいい。だが……」
センチネルは振り向いた。
「貴様は必ず俺が倒す!」
「センチネル! あんたまだそんな事……!」
「構わん……」
センチネルに食ってかかるシレーネを、デュラハンが止めた。
「我が君……」
「弱い犬ほどよく吠えるものよ、言わせておけ」
「ふん、貴様の方こそ余生を楽しむがいい……」
センチネルは言い残し、今度こそ去っていった。
入れ替わりにどかどかと騒がしく玉座の間へ野獣、バルログが駆け込んできた。
「報告します! アネモスの巫女に異変が……」
バルログは、入ると同時に報告する。彼はこれまで、神殿の地下牢に入れたシバとイリスの監視をしていた。
「一体どうしたのだ?」
「なにやら、気分が悪いと。腹を痛めている様子です!」
バルログの報告で大方何が起きたか、全員が分かった。
「不浄の時が来たようです……」
人間ではないとはいえ、同じ女であるシレーネは、症状からシバが月経を迎えた事を断言した。
「そうか。して、バルログよ」
「は、はい! 何でございましょう!?」
「よもや、巫女を傷物にはしておらぬだろうな?」
高潔なる身体でいるためには、シバは処女である必要が不可欠であった。
「とんでもございません! いくら俺様でもデュラハン様の女には手を出しませんよ」
「ならばよい、引き続き監視を続けよ。妙な真似をしたら、その命はないものと知れ……」
「ははっ!」
来た時同様、バルログは騒々しく去っていった。この野獣では、到底デュラハンは倒せないだろう。アレクスはバルログの獣臭さに顔をしかめながら思った。
「シレーネ。お前の力で、我の存在を世界に知らしめる事はできるな?」
「お安いご用にございます。少々お時間を頂ければ、準備は整います」
「では、頼んだぞ」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18 作家名:綾田宗