黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18
阿鼻叫喚とする村人達の間に、一陣の風が舞った。その風はウズメの近くに止まり、倒れ込みそうになる彼女を支える。
「全く、無理しすぎよ」
肩までかかる艶めく黒髪をし、丈の短い着物を身に付け、トーンの低い声が特徴的な女性、ヒナが助けに入っていた。
「ヒナ……さん……」
「全く……、いくらあなたが術に長けていても、村人全員を庇おうなんて無茶して……」
ヒナはウズメを近くにいた村人に預けると、阿鼻叫喚する民に向かって叫んだ。
「騒がないで! 別にこれは命を取られるようなものじゃないわ。ただのまやかしと恐怖心を強める成分の霧が漂っているだけよ。身を低くして霧から逃れて! 真っ黒な光はできるだけ見ないようにして!」
ヒナの支持を受けても、まだ焦りを見せる民に、早くなさい、と更に大声を上げると、民はようやく言うとおりにした。
「スサ、クシナダは!?」
「それが、オレがみんなをここに集めるときに、逃げ遅れたらしいんだ」
「何をやっているの!? 大事な恋人を放っておくなんて!」
「探しに行こうとしたさ! けど、その時はもう、姉貴が障壁を作り出しちまってて……」
「私が探してくるわ、ここのみんなをよろしく、スサ」
「ヒナさん!」
スサが呼び止めたとき、既にヒナの姿はなかった。
ヒナはクシナダを見つけるべく、暗黒の力と霧が漂う中駆け回った。
命に関わらないとはいえ、毒霧の発生する中、外よりも屋内にいる方が危険であった。風通しの悪い屋内では毒霧が充満してしまうからである。
ヒナは大方外を探し回ったが、クシナダの姿はなかった。となれば屋内、恐らくはウズメとスサの屋敷にいると考えられた。
急ぎ屋敷へ駆けると、案の定、クシナダはそこにいた。
「げほっ……、げほっ……!」
屋敷の中はむせかえるような霧が充満していた。体に無害とは言っても、精神には有毒である。長く吸引し続けていれば、後遺症が残る可能性があった。
ヒナは気を失っている様子のクシナダを外へと連れ出した。そして立ち上がろうとすると、激しい立ち眩みを感じて膝を付いてしまった。
走り回っている内に霧を吸い過ぎたらしかった。
「まずいわね……、人に言うだけ言っといて、あたしがやられるなんてね……」
ヒナは自嘲して脱力し、そのまま地に倒れ込んだ。そして恨めしそうに、空から放たれる、漆黒の閃光を見やった。
「全く、悪い予感しかしないわね……」
アテカ大陸、ギアナ村。
デュラハンの根城に最も近いこの村は、彼の者の直接的な侵攻を受けていた。
古の大悪魔が封印されていると伝えられたアネモス神殿の扉は、決して開くことがないと言われていたが、悪魔の復活と同時に、扉の封印の鍵は、内側から破られた。
神殿内部から、毒々しい色をした球体が、まるで風に散らされる蜘蛛の子のように飛び出し、アネモス神殿と近隣のギアナ村に瘴気を蔓延させたのだ。
全世界に放たれる漆黒の閃光も、ここだけは非常に強力で、空中を漂う霧は、とてつもない毒性を持っていた。
人の神経に作用し、恐怖心を強める効果のある瘴気にやられた人々の中には、たまりかねる恐怖心の為、気を失うばかりか、神経を完全に毒され、狂い死にする者が相次いだ。
瘴気は家屋までも腐敗させ、村中は飢饉にでも遭ったかのように、人の骸が倒れる、荒廃した状態となってしまった。
「ハモ様、これ以上ここにいては、我々も瘴気にやられます!」
日々、アネモス神殿を調査していた神官のうち、運良く逃げ延びた者が叫ぶ。
「まだ動ける人がいるかも知れません。その人を見捨てることなど、どうしてできましょうか」
ハモは小高い丘から、猛毒の霧が立ちこめる村を見ていた。
ギアナ村に起きているこの災厄は、ハモの力を持ってしても見通すことができなかった。
ハモは、災厄が起きる寸前に迫ってから、ようやくこれから発生する、地獄のような現象を予知することができたのである。
それから彼女は、村人に避難を促そうとしたが、一足遅く、村は瘴気に包まれ、人々は毒にやられた。ハモに事態を知らせようとやってきた神官数名だけが、おそらく村の生き残りである状態だった。
「ハモ様、これ以上はもう無理です! ハモ様だけでもお逃げください!」
神官の一人が嘆願してくる。
「何を言っているのです!? 皆さんを見殺しにするような事、できるはずがありません!」
アネモスの末裔であるハモには、ここから避難できる力があった。
テレポートのラピス、といった道具に頼ることなく、『テレポート』を使うことができる。しかし、自分を含めて三人までしか飛ばせない、という制約があった。
「どの道我々には、ハモ様のような力はございません。ハモ様に助けていただいても、我々のような者には役立てることなどありはしません……」
今、この場にいるのは、ハモを含めて五人である。少なくとも二人は見殺しにしなければならなかった。
「私は、どうすれば……」
ハモの身を案じて、知らせに来てくれた神官達を置き去りにすることなど、ハモにできるはずがなかった。
ハモが離脱を戸惑っている間に、彼女達のいる所まで瘴気が迫ってきた。更に空からの漆黒の光に長く当たっていたせいで、ハモ達の体に脱力感が襲いかかってきた。
「ごほっ……、げほっ……、瘴気がここまで……!」
ハモはむせかえる。
「げほっ……、ハモ様……。お逃げください。アネモスの末裔を守る事は、我々ギアナ族の使命……!」
「使命に殉じるは、我らの本懐……! さあ、行ってくだされ……!」
神官の一人がとうとう、倒れてしまった。
「時間はもうありません。早……く……!」
もう一人倒れた。
続けざまにもう一人、更に一人と倒れていき、ついには立っていられる者はハモのみとなる。
「皆さん……」
死したのか、それともまだ息があるのか分からないが、この期に及んで残ることは、彼らの思いを無碍にする事になる。
「……ごめんなさい!」
ハモは苦渋の決断を下し、エナジーを発動した。
『テレポート』
ハモは光に包み込まれ、その身を光の粒子と変え、消えていった。目指す先は、アテカ大陸から離れ、ギアナ族と友好関係のある、ヘスペリア大陸、シャーマン村である。
ハモの姿が消えてすぐ、アネモス神殿を中心とする一帯は、暗黒の世界と化した。
※※※
アネモス神殿、玉座の間にて、スターマジシャン、シレーネの使う魔術により、世界中が混沌に包まれていた。
太陽光を漆黒に変え、紫外線に含まれる有害物質を世界中に照らし出したのも、毒々しい色のボールによって空気中に瘴気を満たしたのも、全て彼女の力によるものだった。
これほどまでに、世界を崩壊させんとする現象を引き起こしたのは、全て生ける存在を無に変えられる大魔王の誕生を、全世界の人々に知らしめる為であった。
全世界の人間が阿鼻叫喚し、死の恐怖にさらされ慟哭する様子は、シレーネの魔法を通じて、大魔王デュラハンにも見えていた。
「シレーネよ、その辺でよい。そろそろ我の存在を明かし、人間どもの恐怖に終止符を打ってやろうとしよう……」
デュラハンはがちゃがちゃと、鎧の音を立てながら玉座を立つ。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18 作家名:綾田宗