【腐】スカーレットサイン【モジュカイ】前編
目の前に広がる瓦礫のあちこちで、くすぶった煙が立ち上る。焦げ臭さが充満する中、他の支部から駆けつけた人形達の、見えない生存者へと呼びかける声が、空しくこだましていた。
「蒼雪」
声を掛けられ蒼雪が振り向くと、パンジーが弱々しく笑い掛けながら、手を振っている。
「君も来たのか」
「まあねー・・・・・・倒れてる暇もないっていうか。シザーズは?」
「向こうにいる。サイレンスを見なかったか?」
「あっち。神の子が優先、だから、さ」
パンジーが指さしたのは、辛うじて壁が残された、支部長室らしき一角。そこには、意識不明に陥った少女、フロイラインの制作者である神の子が、懸命な治療を受けている。
圧倒的な数の異形に、支部の建物だけでなく、避難していた神の子達も襲撃されてしまった。人形がいなければ、彼らに対抗する術はない。医師も医療設備も失った今、彼女の命はサイレンスにしか救えなかった。
パンジーは肩を竦め、「禁止事項とか、言ってられないよね」と呟き、蒼雪も頷く。少女の無事を祈るしか出来ない情けなさに、押しつぶされそうになった。
その時、遠くからパンジーを呼ぶ声がする。今行くーと声を掛け、パンジーは蒼雪に頷き、駆け出していった。蒼雪も、シザーズの手伝いをしに行こうと足を向けた時、ふと、辺りに影が差す。雨でも降るのかと顔を上げた蒼雪は、そのまま縫いつけられたかのように動けなくなった。
「え・・・・・・?」
地面から生えたのか、空中から湧き出したのか。まるで山のように巨大な異形が目の間にそびえ立ち、蒼雪を見下している。
誰かの悲鳴。叫び声。自分の名を呼ぶ声。危険を知らせ、避けろと警告する。目まぐるしく変わる周囲の音を、何処か他人事のように聞き流しながら、蒼雪はジェネラルの言葉を思い出していた。
『あの子は途中で気づいただろうけど、知らせる手段がなかった』
ノアールのせいじゃないと、誰か伝えて欲しい。ノアールのせいじゃない。あの子のせいじゃ・・・・・・
蒼雪の思考を引き裂くように、銃声が響く。異形の一部が消滅し、怒りと苦痛に満ちた叫びが周囲に満ちた。
「ぼーっとすんな!」
ぐいっと腕を引かれ、顔を向ければ、真紅の瞳が睨みつけてくる。
「紅葉! 右へ回れ! シザーズが来たら交代! 君は援護に回れ!」
「分かった!」
紅葉が、脇をすり抜けていった。ジェネラルは、蒼雪を後ろへと引っ張りながら、早口で指示を出す。
「君はサイレンスの所へ。これ以上、神の子を失う訳にいかない」
蒼雪は、ハッとして視線を向けた。サイレンスは異形と戦えない。ジェネラルは頷き、蒼雪を手荒く押しやった。
「走れ!」
その声に押され、蒼雪は全力で駆け出す。瓦礫の山を飛び越え、少女の無事を祈りながら。
作品名:【腐】スカーレットサイン【モジュカイ】前編 作家名:シャオ