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賢い鳥1

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 享と二人で場所を確保する間に何か言われたらしい瑛が顎をそらして口を尖らせる。
「――――お前の時間が勿体ねえだろ」
 それから享はほどけるように笑った。


 炎天の日曜日に練習試合があった。3-0で圧勝だった。
 黄色のユニフォームのゴールキーパーが大きくキックした瞬間に長い笛が鳴った。
 前半で2点。後半、試合終了直前に享からパスを受けた瑛が二人抜いて更に1点決めた。連勝中だった。
 お陰でチーム全体が活気づいていた。悪く言えば浮かれている状態だと監督はいうけれど監督だって悪い気はしないだろう。
 応援にきていた父兄も混じって賑やかにグラウンドから捌けていく顔も明るかった。
 瑛が携帯をポケットにしまったとき、享はもう駅に向かって歩き出していた。いつも電車で通っている。それは練習試合の日だって変わらない。
 誰も待たず一人で歩く背中を追いかけた。
「ちょっと待ってろ。うちの親が車で迎えに来るから乗ってけ」
「いいよ。遠回りになるし」
「たいした距離じゃねえだろ」
「自分で運転するわけじゃないんだからそんなこと言うなよ」
「だから今電話しといたんだろうが。お袋はお前も乗せてくつもりでこっち向かってんだよ」
「でも乗らなくたって困らないだろ?」
 享が足を止めないので瑛も歩いた。大きな車道沿いだ。迎えの車が来たらグラウンドの目の前でなくても見つけてもらえるだろう。
「こっちがいいって言ってんだからいいじゃねえか」
「よくない」
「電車より楽だろ?その分時間とか体力とか節約できんじゃねえの?」
「そういう問題じゃないんだよ」
 徐々に歩くペースを上げる享に舌打ちした。
 こうやって一緒に帰ろうと誘うのはこれが初めてではない。大抵はさっさと帰ってしまって誘う暇もないが、予め捕まえておいても車の運転席に座る瑛の母親に丁寧に頭を下げて結局一人で帰ってしまう。
 それが面白くなかった。
「じゃあどういう問題だって……」
 そっぽを向いて独り言のように吐き捨てた。それから一緒に歩いていた足音が消えたことに気がついて振り向くと享が三歩後ろで立ち止まっている。
「何だよ急に」
 見るとすぐ側の生垣の向こうに子どもが集まっていた。
「あ、飛鳥くんにタカじゃん!」
「お前ら何してんだ」
「へへ。そっちから回ってこっち来てみろよ」
 勿体つけて手招きされた。
 しゃがみ込んで何かに夢中な仲間たちとそれを見つめる享の姿があの日に重なる。初めて享を意識した日。あの時の冷めた顔がずっと違和感として残っている。
 それでも享と親しくなってからしばらくの間忘れていた。急に胸がざわついて享の顔を覗き込もうとした。けれど享はひらりと身を翻してあっという間に生垣の向こう側に回った。
(何があるってんだよ)
 仕方なく同じように回りこむと、人垣の真ん中に汚いダンボール箱が見えた。中にふわふわの毛並みの子猫が何匹か見える。
「捨て猫?」
「そう。人懐っこいんだよ」
「今さ、田倉が母ちゃんと交渉中。アイツんち猫好き一家だから」
「飛鳥も猫好きだよね?」
 言われて享が遠慮がちにしゃがみこんだ。地面に手をついて這うようにして輪に割り込む。意外だった。
 他の子どもと同じように子猫の鼻先にそっと指をさし出して。そして、ひっかかれた。
「痛っ……!」
「大丈夫?」
「おかしいな。誰も噛みついたり引っかいたりされてねーのに」
 小さな傷を作った指を握りしめて享が俯いた。本気でしょげているのかと思ったらおかしくなった。
 ついつい噴きだしたら振り向いた享が睨み上げてきたけれど少しも堪えない。人間には嫌われないよう誰にでもイイ子でいるくせに。猫には愛想が通用しないのかもしれない。
「飛鳥くんち犬飼ってるから、それでじゃないかな?」
「そうかな」
「そうだよ、うちの猫もよそで犬触ってくると気にするよ」
 自分のシャツを摘まんで観察したら細かな犬の毛を発見したらしい。享はそのフォローを信じて子猫を諦めて立ち上がった。
 そこへ田倉が指でオーケイサインを作りながら戻ってきて解散となった。
 瑛のポケットで携帯が鳴る。
「迎え来たからいくぞ」
 当たり前の顔で享の手を取って元いた道に戻ると黒い軽自動車がハザードを焚いて待っていた。運転席から助手席側に身を乗り出してキャップを被った女性がひらひらと手を振る。
「お待たせ。後部シートが散らかってるから、瑛、荷物どけちゃってくれる?」
 母親に言われたとおり後部ドアに手をかけた瑛を享が止めた。
「すいません。折角なんですが、帰りに寄るところがあるので遠慮しておきます」
「そこまで送っていこうか?うちは用事もないからこのまま帰るだけだし」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
 折り目正しくお辞儀をしてまた駅に向かって歩き出した。
「おい、飛鳥!」
「じゃあ、また来週」
 呼び止めるのも無視して愛想程度の微笑みで手を振って享は背を向けた。まっすぐ駅に向かって足早に離れていく。
「……またフラれちゃったね」
「うるせぇ」
 ハンドルに凭れかかっている母親の揶揄に毒づいて助手席に乗り込むと乱暴にドアを閉める。その頬を容赦なくつねりあげられた。
「もう。口の利き方にも車の扱いも気をつけなさいって言ってるでしょ」
「わかったっ!わかったから……!」
 解放されて頬をさすっている間に車が滑らかに発進する。すぐに享を追い越した。多分気づいただろうが、享は視線もくれなかった。
「丁寧だけど毎回きっちり断るよね」
「…………」
「自分の足で通いたい理由があるんじゃないの?もう無理に誘うのやめた方がいいんじゃないかなあ」
「別にこっちは親切で言ってるだけなんだ。断られたって痛くもかゆくもねえよ」
「そうじゃなくてね、一緒に帰りたいならアンタも電車で通ってもいいのよ?って言ってるの」
 少し間があって、運転席を振り向いた瑛はニヤけた母親の顔を見て眉間にシワを寄せた。
「やるかよ!めんどくせぇ」
 別に移動時間まで一緒に過ごしたいわけじゃなかった。
 ただ、享がしんどそうにしているとき。練習中に調子が悪そうなとき。少しの顔色の悪さが気になって仕方ない。
 サッカー以外の享にのしかかる負担を少しでもなんとかしてやりたいだけだった。それが上手くいかない。
 快勝の余韻なんかとっくに消え去って、憂鬱な気持ちで窓越しに流れる街並みと線路を眺めていた。



 九月半ば。まだ気温の高いグラウンドでこの夏何度目かの練習試合が行われた。
 相手は鎌倉学館中等部サッカー部。中学のサッカー部と試合をするのは初めてではなかったが、試合相手が発表されるとレギュラーから補欠まで落ち着かなかくなった。緊張と興奮で笑いの沸点が低くなって、それを誤魔化すみたいに練習中の発声が大きくなる。
 その中でも享は変わらず冷静だったが、浮き足立つ気持ちもよく理解できた。
 今年の鎌学中等部には逢沢傑がいる。一年生にもかかわらず10番を背負う天才児。すでにU-15日本代表としてその名が知れ渡っている。同じ神奈川のサッカー少年だと考えようとしても桁の違う相手だった。
「大丈夫だ。逢沢は上手いかもしれないが、サッカーは一人でやるもんじゃない」
作品名:賢い鳥1 作家名:3丁目