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賢い鳥2

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 バスを降りると天に向かっておもいっきり身体を伸ばした。
「くーっ!やっとか」
「そんなに移動してないじゃないですか」
 続いてバスを降りた傑が呆れ顔で脇をすり抜ける。目の前は何度も訪れている合宿所だった。
「場所の問題じゃねえよ。やっとお前と一緒にやれるっつー話だろうが」
「先月に遠征あったばっかりッスよ」
「一ヵ月半も前のことじゃねえか」
「せっかく高校の部活に入ったんだし、そっちも楽しみましょうよ」
「うるセェ。俺の本番は来年からなんだよ」
 早足で傑に追いついてふくらはぎを蹴りつけた。たいして痛くもないはずだがオーバーリアクション気味に避けて「すぐ足が出んだから…」と独りごちる。
 瑛が鎌倉学館高等部に入学して二ヶ月が経った。逢沢傑は中等部の三年生で部活ではキャプテンを任されている。
 ユースからの誘いもあった瑛がわざわざ高等部から鎌倉学館を選んだのは傑と同じチームでプレイするためだ。傑が高校でも部活サッカーを希望していると知ってすぐに鎌学への入学を決意した。傑の方が一学年下なので一年間傑のいないチームで待つことになるが、瑛が高校に上がる前に代表に呼ばれるようになったので、一足先に目標が叶ったことになる。
 一度呼ばれても次また選ばれるかわからない入れ替わりの激しい代表選手の中で何年も傑はエースナンバーを背中に貼り付けている。お陰で中等部の部活も留守にすることが多い。それでも当たり前のようにキャプテンには傑が選ばれて、傑がいるから鎌学中等部を受験するというサッカー少年も一人や二人ではない。傑に憧れる少年と言うには横柄な瑛もその一人と言える。
 代表活動や様々な誘いで忙しく、サッカー部の試合にも顔すら出せないことが多い傑と出会えたのはラッキーだった。同じ代表として傑と親しくなった後に瑛はそう思った。
 中学二年の時の鎌学中等部との練習試合。そこに傑が間に合わなかったら。間に合っても残り時間僅かで出場を申し出なかったら。今頃は鎌学になどいなかっただろうし、代表に呼ばれるレベルにも達していなかったのではないか。
 人生を変えた出会いなんてドラマみたいな話がそうそう転がっているわけがないと思っていた。でも、傑との出会いを運命だったと信じている。
 ジュニアユース時代のあの試合。傑が登場するまで二点もリードしていたラスト十分。悔しがるのも忘れるほどの鮮やかさでひっくり返された。
 あれ以来、将来の目標やサッカーそのものに対する意識が変わった。
 小学校の卒業文集に書く夢の欄に「プロサッカー選手」と書いた。中学生になっても夢を訊かれれば一番にサッカー選手と答えただろう。でも、そういう子どものほとんどは十年後にサッカー選手にはなっていない。年をとるにつれて向き不向きや現実の厳しさ、周りの上手さに気後れして別の道を考え始める。もしくは、サッカーよりも追いかけたい夢をみつけて去っていく。
 中学から高校を卒業する頃まで。もしかしたら、小学校にもあるのかもしれないが。どこかに語るばかりの夢と実現するための夢をわかつ境目がある。瑛にとって決定的な境目が傑との出会いだった。
 望みどおり鎌学に入学してサッカー部にも入った。早くもレギュラー入りも確定している。昨年からの日本代表活動にも続けて呼ばれている。けれど、全てが上手くいっているわけではない。
「うちのトップ下の野郎、目が節穴なのか俺のこと嫌ってやがんのかわかんねーけどチャンスにボール回さねえんだよ」
 恐らく後者だとは分かっている。態度の大きい一年生レギュラーなど目の敵にしろと言っているようなものだ。
 その上、入部して間もない四月に十日近くも遠征。翌月の終わりにもこうして合宿で一週間留守にする。そりゃ面白く思わない部員もいるだろう。それがたまたま同じレギュラーの三年生でFWとしては仲良くしておくべきポジションの人間だった。
 向こうの大人気なさにも腹が立つが、うっかり愚痴って傑にまた呆れた顔をされるのにも腹が立つ。
「きっと、そのうちちゃんとしてくれますよ。中等部のことはともかく、高等部のことは熊谷監督がよく見てるから、ふざけたことやってらんないッスよ」
 高等部と掛け持ちの監督に放置され気味の中等部に居ながら、監督の期待をこれでもかというほど背負っている男が大人びた顔で言った。
「わかってるっつーの。いちいち真面目に返してんじゃねえよ」
 悔し紛れにヘッドロックをかけてやる。
「いてて。勘弁して下さいって」
 あまり意識することはないが、こんなときに思い出す。今、瑛が味わっている悔しさなんか傑はとっくに通過している。現在進行形なのかもしれないが、対処の仕方を身につけていた。憧れと妬みの的になることにかけてもキャリアが違う。選手以外の顔も年齢に似合わず大人びていることを知ったのは親しくなってからだ。大人びるどころかジジくさいとすら思う。実年齢の一年差が何の足しにもならないぐらいの溝があった。
(クソッ……口が滑った)
 こっそり舌打ちした。プライベートでも遠慮がなくなってから、いつか先輩らしいところを見せて傑に年上として尊敬されたいと思うようになった。ところが、現実には傑に感心することばかり。うっかり格好悪いところを見せてしまったときの悔しさときたら、ここぞという場面で空振りしてボールに触れさえしない酷いポカみたいだ。そんな失態はそうそうやらないけど。
(気合いれて来てんのにダッセェ)
 反省して口を閉じた。前後には同じバスで合宿所にやってきた少年がちらほら見える。顔を知らないので、今回が初招集だろうか。
 監督への挨拶と支度を済ませて荷物を置きに行く。その途中で見知った顔と出会った。
 以前から代表や神奈川ジュニアの試合で何度か顔をあわせている鬼丸春樹と、それから飛鳥享。
「飛鳥、お前も呼ばれてたのか」
「ああ。やっとだよ」
 初招集の享には緊張した様子がなくて可愛げがない。同じジュニアユースにいた昔からそうだ。チームに入ったばかりにも関わらず落ち着いていて器用に立ちまわる。子供らしくない享にむやみに腹を立てていた時もあった。
 享も傑と出会って変わった一人だ。でも、瑛と違って正面からぶつかる道を選んだ。
「お前も部活でやってるんだってな」
「だから、次に会うのは夏の予選だと思ってたよ」
 お互い以前のチームを離れてから数ヶ月だというのに懐かしそうに目を細めた。享はそんな風に言うけれど、こうしてすぐに再会することは何度も想像した。自分が先に招集されたのだって偶然でしかないと思う。同時期、もしくは享が先でもおかしくなかった。
「そっか。鬼丸も飛鳥さんと同じ葉蔭か」
 黙って二人を見比べていた傑がポンと手を打つ代わりに眉を上げた。
「そう。俺が中等部で飛鳥さんは高等部だけどな。そっちと一緒」
 鬼丸が補足した。
 初招集といっても享についての紹介は不要だった。同じ神奈川で試合経験もある。こうやってまともに挨拶するのは初めてだったけれど。
「中学の時の練習試合で少し顔を合わせて以来だな。これからよろしく」
「覚えてますよ。こちらこそよろしくお願いします」
作品名:賢い鳥2 作家名:3丁目