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賢い鳥2

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 お互いはしゃいだ様子なく、だけどにこやかに握手を交わす。優等生同士らしい穏やかさが鼻につくな、と思っていたところに傑が余計なことを言った。
「鷹匠さんとも、飛鳥さんがいつ呼ばれるかってよく話してたんです」
「しょっちゅう話してたみたいな言い方すんな!」
「期待されてたなら光栄だな」
 額面通り受け取られても嫌だが、こうサラリと流されるのも癪だ。
 享たちに遅れて着替えを済ませて出ると、見知った少年が手を挙げる。
「タカー!傑も、おっせーぞ!」
 遠方からはるばるやってきた選手が早々に到着して輪をつくっている。その中には享と鬼丸も混じっていた。
「今回初めての奴多くないッスか?」
 まだ七割程度の人数だが、確かに享を含めて三人は新顔だった。新しい誰かがいるということは、今回から声がかからなくなった誰かがいるということだ。あと三ヶ月後、夏には海外遠征も控えている。
 知らず拳を固める瑛の横で傑が子どもっぽい仕草で唇を尖らせた。
「仕込み、足りるかな?」

 心地良い疲労感を提げた夕方。日の落ちる前の宿舎ロビーに少年たちの声がハモった。
 体育会系のノリは全国どこでも変わらない。日頃からの仲間でもなんでもないのに、代表して一人が声を出せば合唱が続く。笑いじわが柔らかな中年女性と丸顔の初老の男性がにこにこと人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。
 二十五名の日本代表候補メンバーは、上は冬から春生まれの高校二年生から。下は中学三年生の傑が最年少だった。出身地を見ると北は北海道。南は鹿児島まで。その広さも毎度のこと。代表合宿や全国規模の大会で顔見知り同士を中心に年齢も出身地も関係なく喋りながら宿舎内を練り歩く。飛び交う方言や訛りがまとまりのなさを象徴するかのようで面白い。
 選手同士の交流を狙ってか、部屋割りもまとまりがない。出身地やポジションもてんでバラバラ。初参加の選手はそれぞれ経験者が二人の部屋に一人組み込まれている。瑛は経験者ばかりの部屋割りだったが、傑の部屋には茨城出身のMFがいた。
 享は静岡のFW永瀬と福島のDF勝田と三人部屋。それを確認したとき(運がねえな)と思った。
 まず、永瀬はうるさい。背が低くてよく走るのが落ち着きのない小動物のようだ。散歩の大好きでよく吠える小型犬とか、小猿とか。よく言えばムードメーカーだが、ひょうきんすぎて面倒な時がある。ジュニアユースのときも比較的落ち着いたメンバーに囲まれていた享は気疲れしそうな性格だ。
 もう一人の勝田は対称的に大きくて無口で気難しい。厳つい顔の作りのせいで不機嫌に見られやすいようだが、楽しそうなところをあまり見たことがないので、顔の作りばかりの問題でもないと思う。瑛も勝田も自分から積極的に喋ろうとするタイプではないので、親しくした覚えがなかった。
 協調性がない人間は生き残れないが、かといって全員が全員社交的で付き合い易いというものでもない。一週間も同じ部屋で寝泊まりするのだから当然やり易いメンバーがいい。自分だったら士気の下がりそうな部屋割りにこっそり同情した。

 夕食を待つ時間に携帯が鳴った。傑の名前だからとったのに、出てみたら永瀬だった。毛嫌いするつもりはないが第一声はやたらとドスが利いた。
「そーんな怖い声やめろよなー!子供だったら泣いちゃうぞ」
「うっせぇ。わざわざ何だってんだよ」
「今さあ、ミーティングしてんの。ミーティング」
「だから何の」
「初招集のお約束の…」
 言葉尻に被って野太い悲鳴が聞こえてきた。初招集の、恐らく傑の部屋のメンバーだろう。鬼丸の声もする。「ちょっとごめん」の後には怒声が二人分。
 それで大体の事情を把握した。
 この合宿には初招集恒例の行事がある。経験者たちが寄ってたかって悪戯を仕掛けるのだ。
 内容はいくつかのパターンがあって、大抵は男ばかりだから許されるような内容だ。このためにこっそり小道具を持参で来る呑気な奴もいる。瑛は着替えに用意していたボクサーブリーフがどピンクのブーメランパンツに置き換わっていた。タオルを腰巻したまま手当たり次第に笑っていた連中を締め上げたらあっさりと白状したが。
 永瀬に言わせると“親睦を深めるためのレクリエーションの一種”であり、これをやって初めて真の仲間と認められるのだとか。誇張も含め淀みなくまくし立てるのを聞いていると、サッカー選手よりもセールスマンの方が向いているのではないかと思う。
 大抵はターゲットと同室のメンバーが仕掛け人となって個々に片付けるが、今回は初参加の人数が多かった。そのためか協力してレクリエーション業務に励んでいるらしい。
 耳元で紙を丸めたようなガサガサ音の後に永瀬が戻ってきた。
「…それでさあ、今3人まとめてオヤジ風呂に放りこんできたんだけどー」
 オヤジ風呂というのは、何のかんのと言いくるめてコーチや監督の入浴時間に浴室に放り込む悪戯のひとつだ。うっかり頭から水を被せるところから始まり誰も入っていないと嘘をついて全裸で突入させるのはまだいい方で、女風呂と偽って覗きを唆して管理用の外扉からドボンなんてパターンもある。
「うちの部屋の飛鳥くん、まだなんだよね。タカ、仲いいんだろ?飛鳥くん。鬼丸に聞いたら飛鳥くんはエロトラップはひっかからないって言うじゃーん?うちの勝田は頼りになんねーしさあ。タカ、何かいいアイディア持ってねえ?」
 特徴のある間延びした喋り方だがポンポンモノを言うのでいっそ早口に聞こえる。喋り方と高めの声のお陰で集団で騒いでいても一発で分かるのが永瀬だ。
 いつでも取り澄ました享の顔を思い浮かべる。そういえば、あまり下品な話をしたことがない。他の友達とはするのだろうか。女の胸の話だとかセックスの話だとかを明け透けに語る享。違和感がある。育ちがいいというよりも真面目すぎる。人並みに汚い言葉もいやらしい言葉も言うのだろうか。いかにも清潔そうで体温の低そうな白い肌に乗った薄い唇で。
 少しだけ想像してやめた。何故だかあまり考えるべきじゃないことみたいに感じて。それは享に悪いと思ってのことではないのだけれど、腹の奥がざわざわして居心地が悪い。
「そういう悪だくみは俺より傑の方が得意だろうが」
「えー?」
 背後に向かって永瀬が傑に話を振る。そうしたら、遠くで傑の不満そうな声がした。誰より合宿参加経験豊富な男は悪戯のレパートリーも豊富だ。
「鷹匠さん、飛鳥さんの好きなものとか苦手なものとか知らないんスか?」
 自分の携帯を取り返した傑はあくまでも瑛を巻き込むつもりらしい。
 サッカーを続けること以外にあまり頑固な顔を見せない享の苦手なもの。好きなもの。
「猫」
「ネコ?」
「アイツ、猫見るとすぐ触りたがるぐらい好きなんだけど、猫には嫌われるんでいっつも逃げられてばっかりなんだよ」
「へぇ。すげえどうでもいい情報ッスね」
「お前が訊いたんだろうが!」
「だって猫なんて捕まんないじゃないッスか。風呂に押しこむダシにもならないし」
「だからお前らで勝手にやってろっつってんだよ」
「いいじゃないッスか。元から親しい鷹匠さんも一緒のほうが飛鳥さんもヒドイ目にあっても慰められるってもんでしょ。一緒にやりましょうよ」
作品名:賢い鳥2 作家名:3丁目