ピジョンエクスプレス
なぜか背の高い男は車掌に興味津々だ。しばし車掌を鋭い目つきで観察し言った。
「アンタ、なかなかできるな?」
「あなたのような方にはよく言われます」
「どうだい、ひとつ勝負してみないかい?」
「ちょっと! やめてくださいよこんなところで」
眼鏡の男が慌てて口を挟んだ。
「冗談だって。そうヒステリックになるなよ」
「私はヒステリックになってなどいません」
眼鏡の男はもういいとばかりに読書に舞い戻ってしまった。
「でも…アンタとひと勝負してみたいのは本当だぜ」
車掌をにらみつけ、背の高い男はニヤリと笑った。
「そういう機会がございましたら」
車掌もにっこりと笑った。営業スマイルであっさりと挑発かわしたようにも見えたが、なぜかカケルには「いつでもどうぞ。けど、負けるつもりはありませんよ?」と言ったように見えたのだった。
「では仕事がございますので」
車掌はそう言うと奥へと去っていった。
本当に変なイベントだなぁとカケルは思った。あんな格好した車掌なんて見たことがない。そういう趣向のイベントなのだろうか。
カケルは席の背もたれに隠れるようにしてしばし、車掌の様子を観察した。車掌は奥の客と挨拶を交わしながら次第に奥へ奥へと進んでいった。ふと横を見ると、隣に座っている小さな男も席の背もたれから半分顔を出すようにして車掌を熱心に観察しているではないか。小さな男はカケルの視線に気がつくと一言、
「…カッコイイ人でしたね」
と、言った。
人の価値観は見かけによらないものだと思った。
7.食事のメニュー
太陽はずいぶん上に昇って、車窓が切り取る風景は草原から森に変わった。列車は森の中に立てられた高い鉄筋の線路の上を走っており、濃い緑の風景を一望することができる。たまに列車の窓際を、ヤンヤンマがすっと横切ったり、遠くにバタフリーの群れが見えたりしてそのたびに三つ子が歓声をあげた。さらに先に青く光るものが見える。たぶんあれは海だ。
カケルは少しばかりおなかがすいてきた。そういえば朝食はトースト一枚だった。そこにちょうどよく車内アナウンスが入る。
「えー、ただいまより車掌が食事を配ってまわりますので、座席に座りましてお待ちください。なお、今回は無料でのサービスとなっております」
すると車内から歓声が起こった。
「車掌さん車掌さん、はやくはやく!」
「こっちこっち!」
後ろの座席からそんな会話が聞こえてきてやけに興奮しているようだった。そんなに空腹だったのだろうか。
「くっそー、一番後ろからかよ。早くこっちに来ねぇかなぁ」
「私たちは一番後になるでしょう。まぁ、ゆっくり待ちましょう」
背の高い男がぼやくと、眼鏡の男が本のページをめくりながらそう言って落ち着かせた。
「で、さっきから何を読んでいるんだ」
「昔、カントーのもっと北に住んでいた作家の作品集です。彼はいい文章を書いた。残念ながら若くして病気で亡くなってしまいましたが」
「へ、へぇ…」
「今読んでいるのは銀河を走る列車のお話です。彼の作品ではこれが一番有名ですね。あなたも一度読んでみるといい」
「……。…いや、オレはいいわ」
そんな会話をしているうちに車掌がガラガラと料理を乗せたカートを引いてやってきた。列車の進行方向一番前。ここが最後のグループだ。 一人を除いて全員がカートに注目する。
「やあ、みなさん。お待たせしてすみませんね」
「おう、待ちくたびれたぜ。で、何を食わせてくれるんだい?」
背の高い男が言うと、車掌はそう言ってくれるのを待っていましたとばかりににっこりと微笑んだ。そして、
「本日は世界の豆料理をご用意してございます」
と、言った。
「豆料理だぁ?」
背の高い男なんだそりゃという顔をしたが、対照的に小さな男が目を輝かせた。
「僕、豆は大好きなんです! 何があるんですか」
「豆のスープにインドムング豆のカレー、ひよこ豆のギリシャ風煮込み、もちろん豆腐や納豆、他にもいろいろご用意してございます」
「うわあ、何にしようかなぁ!」
小さな男は興奮して声をあげるとますます目を輝かせる。車掌は料理を覆っていたのドーム状の銀蓋をあけてみせた。
「本当に豆ばかりですね…動物性タンパクはないのですか」
すかさず中身を覗き込んで、眼鏡の男が尋ねる。
「動物性タンパクはございませんが、おからでつくったハンバーグをご用意してございます。豆は畑の肉と言われますし、そちらにされてはいかがでしょうか」
「……」
こうして各人は思い思いの料理を受けとった。遅れてきた男だけはうんともすんとも言わなかったので車掌は残った豆腐の皿を彼の横に置いて「それではごゆっくり〜」と言って去っていった。
去っていく車掌の周囲で他の乗客たちが「うまいうまい」と言いながら食事を取っている。その様子を通路に体を乗り出して観察するカケルの背後で背の高い男がぼやく。
「なんでここで出されるのは豆料理ばかりなんだ?」
「汽車が蒸気を出して走る音を表す語、もしくは汽車そのものを”ぽっぽ”と言います。それでこの列車には早く走って欲しいとの願いからポッポの進化系である”ピジョン”の名が付けられたそうです」
「つまりなんだ…ポッポだから豆、そういうことか」
「…おそらくは」
背の高い男と眼鏡の男は互いに顔をあわせて苦笑いするとため息をついた。カケルが体勢を元に戻して隣を見ると、小さな男が他の乗客と同じようにうまそうにギリシャ風煮込みを口に運んでいた。
カケルも料理に手をつけた。そして、豆料理を味わいながら、節分の日に撒こうとしまっておいた福豆をアルノーが全部食べてしまったのを思い出したのだった。
8.切符
それにしてもおかしな小旅行になってしまったものだ。
駅では得たいの知れない男に捕まって、これまたよくわからない七人組と同行することになり、乗ってみれば車掌はビジュアル系の変な人だし、食事に関しては世界の豆料理ときたもんだ。まぁ、味は悪くなかったけれど…と、刻々と変わる窓の外の風景と、列車の走行音を聞きながらカケルは今までの出来事を振り返った。
そしてカケルにはもうひとつ、気になることがあった。動向している七人は何も言わないけれど気にならないのだろうか。
「あ、あのう、」
眼鏡の男は読書に夢中だし、背の高い男に聞くのは気が引けたので、隣の窓の外を見ている小さな男にカケルは遠慮がちに声をかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
カケルの呼びかけに応じて小さな男がこっちをふりかえった。
が、カケルが話を切り出すよりわずかに早く車内アナウンスが入った。
「ご乗車のみなさん、これより車掌がお客様の席を回り切符を拝見いたします。お手持ちの切符を準備してお待ちください。これより車掌が切符を拝見して回ります」
切符……。カケルはポケットに手をつっこんだ。すると厚紙に触ったのがわかった。
今朝、アルノーが渡してくれた切符だ。あやうく忘れるところだった。
「そういえば、乗るときはチェックしませんでしたよね」
本を読みすすめながら眼鏡の男が言った。
作品名:ピジョンエクスプレス 作家名:No.017