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No.017
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novelistID. 5253
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ピジョンエクスプレス

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「どういう仕組みで飛んでいるんでしょうか」

 カケルは思わず、となりと向かいの席の乗客たちに聞いてみた。

「興味ないね」と背の高い男が言った。
「僕にはよくわかんないや」と小さい男がいった。

「”揚力(ヨウリョク)”という力はご存知ですか」

 そう切り出してきたのは眼鏡の男だった。

「ヨウリョク?」

 と、カケルは聞き返した。

「流れの中に置かれた物体に対して、流れに垂直方向に働く力のことを揚力と呼びます」
「……は、はぁ」
「簡単にいえば鳥が飛ぶための力ってとこでしょうか」

 カケルがわかっていないようなので、眼鏡の男は言い換えた。

「そのヨウリョクで飛んでいるということですか」
「揚力を使って飛ぶのは鳥、乗り物なら飛行機ですが、揚力を得るには翼が必要です。よって揚力で飛んでいるわけではない」
「では、どういう力ですか」
「まぁ、聞きなさい」

 眼鏡の男はそう言うと本のページをめくり、小説を読み進めながら話を続けた。器用な人だなぁとカケルは思った。

「鳥はより多くの揚力を得るため翼を大きくし、より羽ばたくために筋肉を発達させます。ですがそれに伴い体重は三乗で重くなり……」
「………………」
「……つまり、翼を大きくして飛ぶ力を大きくしようとしても、飛ぶ力以上に体重が重くなるんです。だから、おのずと飛べる体重には限界が出てくる……わかります?」
「な、なんとか」
「これで鳥が体重何キログラムまでなら飛べるか、ということを計算すると15キログラムまでだといわれています」
「ええ!? それじゃあピジョンはどうやって空を飛んでいるんですか!」

 カケルは思わず叫んだ。
 彼の記憶によればピジョンの体重は30キログラム。鳥が揚力で飛べる体重の2倍だ。それどころか、ほとんどの鳥ポケモンはこの15キログラムボーダーにひっかかるではないか。このあたりに生息する鳥ポケモンなら、ひっかからないのはポッポとオニスズメ、ネギなしのカモネギくらいである。

「つまり、彼らには揚力以外にも飛ぶための力が備わっているということです。それと同じような力でもってこの列車も動いていると思われます」
「なるほど、で、その力とは」
「それが何か…と聞かれると私にもうまく説明できないのですが」
「……はぁ」

 なんだ結局のところよくわからないんじゃないか、とカケルは思ったが口には出さないことにした。
 とりあえずその…ヨウリョクとやら以外の、鳥ポケモンたちが持っているらしいよくわからない力でもってこの列車は空を飛んでいるらしい。
 なんだか鳥ポケモンに化かされている気分になってきた……しかし、化かすのが鳥ポケモンっていうのはいかがなものだろうか…キュウコンならともかく…。
 カケルは自分の額の前あたりで煙とともにピジョンに化けるキュウコンを想像した。そしてキュウコンは、ピジョンに化けるのにあきたらず、ピジョン姿のままマイクを持って

「えー、そろそろ雲の中をつっきるので窓を開けているお客様は、窓をお閉めくださるようお願いいたします」

 と、アナウンスをはじめるのであった。もうめちゃくちゃである。カケルは、そこでハッと想像の世界から抜け出した。どうやら今アナウンスしたのは車掌らしいということに気が付いたからだった。
 窓のほうを見ると、小さな男が窓を閉めようと手をつまみにかけているところだった。




10.雲をつきぬけて

 最前列の窓はなかなかの曲者だった。窓は両サイドのつまみをつまんで上下させるタイプで、開けるときはすんなりと上に上がったくせに、いざ閉めようとするとちっとも言うことを聞かないのだ。
 小さな男が閉めようとしたが、一センチくらいしか動かせず、背の高い男と眼鏡の男がああでもないこうでもないと言い合いながら、残り四分の一まで閉めることに成功した。最後にカケルがやってみたが一センチ上に上がっただけで逆効果だった。

「仕方ありませんね。このまま行きましょう」
 四分の一と一センチ空きっぱなしの窓から目前に迫った雲を見て、眼鏡の男はそう言った。

「まぁ、少し寒いかもしれんがガマンしようや」
 そう言ったのは背の高い男だった。

 ようするに二人とも飽きたのだ。
 なんだかんだ言ってこの二人の思考回路は似ているのではないかとカケルは思った。
 小さな男のほうを見たらなんとなく目があってニ人は互いに苦笑いした。

 列車は雲につっこんだ。
 光りが遮られ急に車内はほの暗くなった。「ひゅごぉおおお」なんて音を立てながら、四分の一と一センチ空きっぱなしの窓から冷やされた湿っぽい風が入りこんでくる。それは列車の進行方向の逆方向に流れ込んできて、もろにとばっちりを食ったのは小さい男だった。

「だいじょうぶ? 寒くない?」
「だいじょうぶだよ」

 カケルが聞くと、小さい男はあまりだいじょうぶでない顔で作り笑いした。

 列車はスピードを上げ、なおも雲の中を走り続けた。
 加速に伴って「ひゅごぉおおお」という音はますます強くなった。そして、窓の外が光ったかと思うと「ゴロゴロゴロ」という雷鳴が聞こえて、四分の一と一センチ空きっぱなしの窓から、冷やされた湿っぽい風とともに、いよいよ雨粒が入り込んできた。
 カケルが小さな男のほうを見ると、いよいよ両腕をクロスさせて反対の腕を手で押さえ、ぶるぶると震え始めた。「だいじょうぶ?」とカケルは言いかけたが、どうみても大丈夫じゃなかったのでやめておいた。
 向かい側のニ人もさすがにこのままでとか言うわけにもいかなくなり、再び曲者の窓と対峙することとなった。
 雷がピカッと光った。閉じない窓との戦いが再び始まったのである。



「クソッ! なんなんだよこの窓は!」
「ははは、もう私達までびっしょりですねー」
「なんだか前よりもっとひどくなったような…」

 四分の一と一センチ空きっぱなしどころか、ほぼ全開になった窓を目の前にして、服と髪をぐっしょり濡らした背の高い男、眼鏡の男、カケルはもう笑うしかなかった。
 ちょっと上にしてから下げるのがポイントなんだよ…ああでもないこうでもない…とやっているうちに窓は閉まるどころかますます開いてしまい、ついにうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。小さい男が心配そうに三人を見つめる。
 カケルは窓の外を見た。雨が吹く込んでくる窓の外は灰色、雲の中だから当然先は見えず、ときどき雷の光があちらこちらから走り去っていくのが見える。
 そういえば、こんな雲の中には伝説の鳥ポケモン、サンダーが住んでいるんだっけ、とカケルは以前読んだ本の内容を思い出した。そうしてカケルは、また額の前あたりで想像をはじめた。

 ――流れる水蒸気の中にときどき大きな鳥ポケモンらしき影が見えている。それこそは伝説の鳥ポケモンサンダーだった。そして、その影は自ら光りだした。放電したのだ。サンダーのじゅうまんボルト。

「あ、いいこと思いつきました」

 カケルはそこで我に返り声を出した。

「なんです、いいことって」
「となり側の席の人たちに手伝ってもらいましょう」
「…あ」